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2012年12月

2012年12月29日 (土)

大手メディアの安倍内閣報道 Part 2 ‐ネット騒然・中日「実力発揮」そして「番組崩壊」TBS‐

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(写真は12月27日付中日新聞)


本日は、昨日12月28日付本ブログの記事「大手メディアの安倍内閣報道 Part 1 ‐偏向毎日にバランス考慮の読売 首相は余裕のリアクション‐」の続編。

ネットユーザーの方にとっては、既に旧聞に属する話だが、やはりこれに言及せずにおくことはできない。第2次安倍内閣発足後の「反安倍」報道の中で、「断トツ」は中日新聞が12月27日に「安倍内閣 名付けるなら…」と題して掲載した「特報」だろう。上記写真はその画像。

著名・無名を含めた10名が安倍内閣に「命名」しているのだが、10名とも反安倍のスタンスで「名付け親」となり、コメントも安倍批判全開。以下、誰がどのような命名を行ったのかを列挙しておく。

・高村薫氏「そつなくまとめてみました内閣」
・松本哉氏「まぐれ敗者復活内閣」、「期待度ゼロ内閣」
・椎名千恵子氏「福島圧殺内閣」
・金子勝氏「逆戻り内閣」
・太田昌秀氏「改憲内閣」
・北原みのり氏「ネトウヨ内閣」
・宮崎学氏「国防軍オタク内閣」
・森田実氏「極右はしゃぎすぎ内閣」
・辛淑玉氏「厚化粧内閣」
・国分功一郎氏「学力低下内閣」

念のため言っておくが、これは「2ちゃんねる」への書き込みではなく、間違いなく中日に掲載された文言だ…。

僕も含めて、名古屋圏以外の方々にはあまり馴染みがない新聞なので、以下、中日新聞の概要。

戦時統合により新愛知と名古屋新聞が統合して創刊。名古屋圏では圧倒的なシェアを誇っており2010年12月現在、中日新聞単独部数は270万部(朝刊)だが、中日新聞東京本社が発行する東京新聞などを併せれば335万部(朝刊)に達し、全国第4位の部数を誇る(Wikipediaより)。

いわゆる全国紙と呼ばれのが、読売、朝日、毎日、日経、産経各紙。各府県でのみ発行されているのが県紙。例えば、僕が今住んでいる新潟県においては、新潟日報が県紙に当たる。それらに対して、県紙よりも規模は大きいけれど、全国紙のようには日本中を網羅していない新聞をブロック紙と呼び、中日はここにカテゴライズされる(他には、北海道新聞、西日本新聞、河北新報、中国新聞がブロック紙とされる)。

その全国第4位の発行部数を誇る中日が、これほどあからさまな反安倍・反自民の記事を掲載するとは信じがたい。少なくとも僕は、今までの人生で、全国紙はもちろん地方紙(ブロック紙と県紙)がこのような報じ方をするのを見たことがない。

「特報」は中日の記者が書いたものではなく、「辛口有識者」によるものであることは確かだ。しかし編集しているのは中日自身。上記の写真で明らかなように、構成もタブロイド的であり、社名が掲載されていなければ、下手をすると「東スポ」の記事かと見紛うほどだ(内容も同レベルであるし)。

昨日も書いたが、「識者」の定義は、「物事に対して正しい判断をくだす力のある人。学識・見識のある人」。それを一般人まで「有識者」と呼んでしまうとは、ものすごい新聞だ。昨日の記事では、毎日を中心に批判させていただいたが、中日新聞の前では、その毎日の偏向すら霞んでしまう。中日はタブロイドという位置づけで接するべきだろう。

この中日新聞の報道については、ネットを中心に批判が噴出。「最低すぎる」「便所の落書きレベルだ」と酷評され、中日新聞名古屋本社には27日だけで100本近くの電話が殺到し、担当者は頭の下げっぱなしだったとのこと(J-CASTニュース参照)。

さて、中日のあまりのインパクトで地味な話になってしまうが、TBSの「NEWS23X」がちょっと面白かったのでそれに触れておく。

「ニッポンの宿題」と題して、田原総一朗氏、水道橋博士氏、開沼博氏をゲストに招いて、安倍内閣などについて議論が交わされた(概要はgooテレビ番組参照)。制作サイドの意図としては、安倍内閣の原発政策を中心に、田原氏から強烈な批判を引き出したいということだったのだろう。反原発の開沼博氏を議論に加えていることからも、それは明らかだ。

期待通り田原氏は、安倍内閣をタカ派であることを隠した「角かくし内閣」と命名。番組は制作サイドの意図どおり進むかと思われた。しかし、残念ながらジャーナリズム界の「暴走老人」田原氏は、文字通り暴走し、番組をぶっ壊した。

総選挙投票前日、安倍首相が秋葉原で街頭演説を行った際、多数の日の丸が振られていたことについて、「やらせかもしれない」と発言したところまでは良かった。しかし、番組が街の声として、「強い日本」を主張する若者のみ数人を紹介したことに触れ、「そのような主張をする人の声だけを流しているのかもしれない」と番組批判。スタジオは白けた空気に包まれた。

全体的には、原発、経済などについて持論をまくし立てる田原氏を、膳場貴子キャスターとコメンテーターの播磨卓士氏が遮ったり、開沼氏に話を振ったりして何とか形を整えようとしたが、目的であった安倍氏批判もそれ以外の話題もすべて中途半端。あえなく番組は崩壊。田原氏起用は完全に裏目に出た。

また、議論と並行して、番組へのツイートを随時流していたのだが、僕が見た限りでは政治に対して批判的であったり、シニカルであったりするものが多く、発足したばかりの政権に冷や水を浴びせようという意図が見え見えだった。

率直に言わせてもらえば、TBS「ごとき」が田原氏を思い通りにしようとしたこと自体が間違いである。編集幹部は膳場氏、播磨氏にそんな力量があると考えていたのだろうか。少なくともTBSには、田原氏を抑えられるようなキャスターなりレギュラーコメンテーターは存在しない。そんなことは素人が考えても当たり前だろう。ひょっとして、田原氏の暴走、そしてそれによる凍りついたような空気。そういうことまで含めて「ガチ」の議論を見せたかったのだとすれば、それは大したものだ(そんなことは絶対ないと思うが…)。

2回に亘って、第2次安倍内閣発足を受けてのメディアによる主な報道を議論してきたが、決してメディアが政治を批判すること自体が悪だと言いたいわけではない。

元共同通信編集主幹・原寿雄氏はその著書『ジャーナリズムの思想』の中で、「およそ公共情報の分野では、事実の報道も論評も、現実に対する批判性がなければジャーナリズムとしての機能を果たしえない」と述べている。司法、立法、行政に次ぐ第4の権力としてのメディアには、権力へのチェック機能を果たすことが期待されているため、政権の過ちを糾弾することは重要なミッションのひとつであることは間違いない。よって大いに批判すればいい。

ただ問題は、その批判が建設的なものなのかどうか、あるいは「国益」(「国民益」と言い換えた方がいいかもしれないが)に適っているのかどうかという点である。昨日、今日の本ブログの記事で批判させていただいた報道は、その点においてジャーナリズムの役割を果たしているとは思えない。

「識者」の言葉を借りた批判のための批判。代替案を示す能力もないくせに、あれはダメこれもダメとダメ出しに終始する無責任さ。そして何より、国民対して民主主義成熟を促すための議論を提供するのではなく、自社が支持する勢力と結びつき、我々を「洗脳」しようとする愚かしさ。国民の「政治不信」を声高に論じるのであれば、「メディア不信」についても同様に論ぜよ。

米国の「クオリティ・ペーパー」と呼ばれる新聞では、自社で不祥事があった場合には、徹底的に開かれた調査を行い、紙面で堂々と自己批判を行う。それこそが信頼されるに足るメディアの在り方ではないのか。一方的にあらゆるものを批判するにも関わらず、自分には決定的に甘い日本のメディア。ネットメディアが劇的に躍進を遂げている今(本ブログ「既存メディアからネットメディアへ ‐余録・安倍総裁人気の源泉ネットメディアの驚異的な「政治的」進歩‐」参照)、既存メディアが本気で自己改革に取り組まなければ、少なくとも報道機関としては、完全に国民に見放されるだろう。

最後に、政治への向き合い方として印象に残った、三重大学副学長・児玉克哉氏の言葉を紹介させていただく。「リスクはあります。不安はあります。しかし、だからといって否定的な意識で国民がいれば、誰が首相になっても、どこが政権をとっても再生はありません。民主党政権誕生時のように、私は新政権を支持します、期待します。この期待を裏切らないでほしい、という祈るような気持ちを持って」。

これこそが、メディアが国民に訴えるメッセージのベースとすべき思想なのではないだろうか。それこそシニカルな言い方をすれば、そんな主張は「百年河清を俟つ」ナイーブなものであるのかもしれないが…。

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2012年12月28日 (金)

大手メディアの安倍内閣報道 Part 1 ‐偏向毎日にバランス考慮の読売 首相は余裕のリアクション‐

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(写真は安倍首相fbページより)


今回は専門のメディア論ですので、複数回に亘る長めの記事になっています。お忙しい年末年始の合間を縫って、お時間のある時に読んでいただければ幸いです。


第2次安倍内閣発足後、最初の週末を迎える。首相は初閣議で、「経済が極めて大変な状況にあるので、年末年始を返上して、とにかく早急に(12年度)補正予算案、来年度予算案を成立することができうるように全力を挙げてほしい」と指示し、早期の経済再生へ意気込みを示した(12月27日付YOMIURI ONLINE)。

各メディアの世論調査による安倍内閣の支持率は、読売新聞65%、朝日新聞59%、毎日新聞52%、産経新聞・FNN55%、共同通信62%となり、第1次安倍内閣発足時に比べると多少下回るものの、相当高い数字と言える。もちろん万人受けする政策ばかり行うことは不可能なので、支持率がこのまま推移するとは考えにくい。それでも、民主党政権の各内閣がそうであったように、最初だけ高い数字で、その後は右肩下がりという状況にならないよう願いたい。

さて、前回の記事「第2次安倍内閣遂に発足 ‐ドリームチーム「危機突破内閣」Ready to Go!!‐」で、「朝日系、毎日系などのメディアが、安倍内閣をどのようなアイディアを捻り出して批判するのかにも注目してみたい。それに関しては、また後日レポートさせていただく」と予告しておいた通り、今日はメディアの安倍内閣発足直後の報道について議論してみたい。

概して言えるのは、テレビ、新聞とも相も変わらず「識者」に「〇〇内閣」というように命名させ、その下らない論評を垂れ流して自己満足に浸っていること。このナンセンスな慣習は何なのだろう。自分で考えることができる視聴者・読者であれば、得体の知れない「識者」の手前勝手な論理での内閣に対する評価など全く必要ない。

下手な例えで言わせてもらえば、ホストクラブでバカな客とホストが「シャンパンコール」で大騒ぎしているのを、店の外から冷静に見せられているような、内輪のみの盛り上がりを無理やり押し付けれている感に溢れ、異常かつ醜悪としか感じられない。

具体的には、まず毎日新聞。上記の写真は安倍首相が自身のFacebookページに掲載した、12月27日付毎日新聞夕刊の記事。同記事では、「経済、外交など問題山積の難局を担うことになる内閣の顔ぶれをどう見るか、識者に聞いた」として、漫画家・倉田真由美氏、野田内閣の内閣官房参与・成田憲彦氏、元朝日新聞論説委員・薬師寺克行氏による安倍内閣への命名を紹介。

倉田氏は「新味ないにもほどが」、成田氏は「ほごにされた財金分離」、薬師寺氏は「総括なきセピア色内閣」と新内閣を評し、3氏全てが批判的なスタンス。まぁ、毎日なのでしようがないのだが、少なくとも一人くらいは肯定的な意見を持った人のコメントを載せるのが不偏不党の原則に照らしてフェアな態度なのではないだろうか。

素人、前政権のインサイダー、「親民主」の元記者という人選によって記事を構成することは、例えオピニオンとしての掲載であっても、「偏向報道」の誹りを免れない。そうした、大手メディアとしての「アリバイ作り」をかなぐり捨ててでも安倍内閣を潰したいということなのだろう。

それほど安倍氏を批判したいのであれば、アメリカのThe New York TimesThe Washington Postのように、いっそ支持・不支持を明確にしてはどうか。中立を装ってねちねち保守を批判するよりは、その方がよほど分かり易いし、読者に対して親切なのは間違いない。

また、日本ではいつの時代から漫画家が「識者」になったのか。大辞林によると「識者」とは、「物事に対して正しい判断をくだす力のある人。学識・見識のある人」と定義されている。漫画家全体が識者ではない、と言いたいのではない。その中にも、「識者」と定義できる方々もおられよう。しかし、漫画家はあくまで「漫画を描く人」であり、政治的に「正しい判断をくだす力がある」とは到底思えない。

ましてや倉田氏は、女性閣僚が二人だけだったこと、そして安倍首相に加えて麻生副総理も首相経験者だったということだけで「新味がない」と論じている。では、どんなにボンクラでも内閣の半数は女性で、新任閣僚を大量に入閣させれば、氏は「新味」があって素晴らしい内閣だと評価するのだろうか。言い方は悪いが、「素人は黙ってろ!」と言いたいし、そんな人物のコメントを敢えて紙面に載せる毎日の編集レベルはもう、先の総選挙での民主・社民・未来の状況と同様、壊滅的であると言える。

その原因はと考えると、メディアとしての思想も然ることながら、彼らが支持する日教組が推進した「ゆとり教育」の弊害が、同紙にブーメランのように戻ってきているのかもしれない。それほどメディアとしての「リテラシー」のなさを感じるのが、この記事から読み取れる毎日の現状だ。

と、僕はこれほど力んでいるものの、当の安倍首相は相当の余裕。上記fbページで、「流石、毎日新聞の選ぶ有識者(?)素晴らしいです。特に元朝日新聞の薬師寺克行氏は秀逸です。なんと言っても民主党政権が誕生した際、『わくわくする』との論説を載せた、高い先見性と知性の持ち主です(笑)」と、横綱相撲で雑魚共をかわすコメント。さすがSNSの達人政治家安倍首相。今の安倍氏にとっては、偏向メディアなどお笑いの対象でしかないのだろう(「自民党安倍総裁の効果的SNS活用術 -絡んできた仙谷氏を撃退などなど-」参照)。

産経新聞は、「『景気屋シンちゃん』『ショーウインドー』安倍内閣を識者が命名」とのタイトルで、安倍内閣に期待感を示す、漫画家(また漫画家か…)弘兼憲史氏、経済評論家・森永卓郎氏、同勝間和代氏のコメントに加えて、「パフォーマンスのうまい人ばかり集め、実力のない『ショーウインドー内閣』だ。来年7月の参院選で敗れて、また同じ道を行くのではないか」という、「反安倍」政治評論家・森田実氏のコメントを掲載。安倍首相を支持しつつも、大手メディアとして最低限のバランスを取る意味での努力をしている点は評価できる。

読売新聞は、27日付の社説では、「安倍内閣の最重要課題は、日本経済の再生である。麻生太郎副総理・財務・金融相、甘利明経済再生相、茂木敏充経済産業相の3閣僚が、その中核を担う。いずれも政調会長を経験した政策通である。実効性のある政策を迅速に打ち出してほしい」、「『決められない政治』はもううんざりだ。これまでとは次元の違う政権運営を期待したい」と新内閣への期待感を示した。

一方で、同日付の社会面では、作家・なだいなだ氏の「坊ちゃんかき集め内閣」とのコメントを掲載。氏曰はく、「安倍首相始め、政治家一家の大臣が目につく。…初入閣の大臣も名前を聞いたことのない人ばかりで、自民党も人材不足という印象だ。…韓国は女性大統領が誕生しようとしている。女性2人が入閣したところで、世界には自慢できない」。

保守系とされている新聞だけに、読売総体としてはバランスを取ったかたちになっているので、上述の毎日に比べれば評価できる。ただ、なだ氏の内閣への批判は、前回の記事「第2次安倍内閣遂に発足 ‐ドリームチーム「危機突破内閣」Ready to Go!!‐」で僕が批判した、報道ステーションの三浦俊章氏による「韓国礼賛」コメントと、全くと言っていいほど同じ内容なので、「左翼ネットワーク」の横の連帯を感じさせる。

また、「初入閣の大臣も名前を聞いたことのない人ばかりで、自民党も人材不足という印象だ」というコメントは氏の現在の政治に対する知識の無さ、あるいは無関心を明確に表している。これは、投票に行かない、不勉強かつ無知識な有権者の意見とシンクロする。上述の記事で議論させていただいたように、この内閣は政策通の宝庫、次代のリーダー足り得る人材満載の内閣なのだ。それを全く分かっていない、不勉強な作家のコメントをそのまま引用する読売の編集レベルも、やはり「ゆとり」と言わざるを得ない。

さて、不思議なことに、現在のところ朝日による強烈な安倍内閣批判は、少なくとも僕が調べた範囲では発見できていない。検索能力の無さゆえかもしれないが、万一朝日が新政権成立後の「ハネムーン」を意識しているのであれば、「敵」ながれあっぱれと言っておきたい(僕程度の人間の情報収集能力には限界がありますので、朝日の安倍批判情報があれば、是非ご教授ください。宜しくお願い致します)。

と書いたところで、まだまだ書きたいことが相当あり、このままでいくと途轍もなく長い記事になることが判明。続きは、できれば明日ということにしたい。

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2012年12月26日 (水)

第2次安倍内閣遂に発足 ‐ドリームチーム「危機突破内閣」Ready to Go!!‐

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(写真は毎日jpより)


自民党の安倍晋三総裁は、本日12月26日、衆参両院の首相指名選挙で第96代の首相に選出された。そして遂に第2次安倍内閣が発足(閣僚名簿はmsn産経ニュース参照)。

田中直紀氏、田中眞紀子氏、田中慶秋氏の「3バカ田中トリオ」などに代表される、民主党政権におけるあり得ない閣僚人事に比べると、安倍内閣は、まさに「天国と地獄」、「月とすっぽん」、「提灯に釣り鐘」…、ありとあらゆる表現を駆使してもしきれないほど雲泥の差であるとの感が強い。

かつての自民党においての閣僚人事は、「派閥順送り」が基本で、大臣としての資質など関係なし。重量閣僚以外は、当選回数を重ねた議員への「恩賞」として閣僚ポストが使われていた。

そうした状況が変わるのだと勝手に思い込んだ、僕を始めとする有権者は、民主党の人事に唖然とさせられた。大臣としての資質も然ることながら、例えば、死刑反対論者・千葉景子氏が法相に、公安にマークされる側だったのでは、と思われる岡崎トミ子氏が国家公安委員長に起用されるなど、職責と矛盾した人物が大臣に起用される摩訶不思議さ。

民主党政権は、マニフェスト無視で有権者を失望させたうえ、そのあり得ない、いや「あってはならない」閣僚人事によって、有権者を激怒させた。その末路が、小選挙区で落選した海江田万里氏の代表就任であり、もう「終わりが見えた」民主党を招来したのは至極当然だろう。

今次安倍内閣は、事前に菅義偉官房長官が「安倍晋三総裁が派閥推薦を受け入れることは百パーセントない」(msn産経ニュース)と明言していた通り、しがらみ・年功序列打破、実力重視が徹底された、「危機突破内閣」と呼ぶに相応しい陣容となった。

僕が感じた特長としては、まず、安倍氏が最重要と考える課題を所管する大臣には、安倍氏の考えを着実に実行できる人物を配置。例えば、経済再生は麻生太郎副総理兼財務・金融相と甘利明経済再生相、復興は根本匠復興相、教育改革は下村博文文科省など。

一方で、外交・防衛はそれぞれ、その分野では必ずしもスペシャリストとは言えない、岸田文雄氏、小野寺五典氏を起用。これは、民主党政権で徹底的に毀損された外交・防衛については官邸主導で行うという意志の表れとも取れる。

また、林芳正農水相、茂木敏光経産相、新藤義孝総務相、岸田外務相、小野寺防衛相など、自民党の次代を担う50代の政策通を多数起用しているのも目立つ。いずれも能力には折り紙つきの人材であるので、手堅く課題をクリアしつつ、ニューリーダーとしての競い合いという要素もあると見る。

個人的に期待するのは、古屋圭司拉致問題担当相と稲田朋美行革相。

以前の記事「拉致被害者帰国から10年-我々は何をしてあげられたのだろうか-」でも議論させていただいたように、拉致被害者が多い新潟県出身で、横田めぐみさんを捜すための写真を小さい頃から見て育った僕は、一歩でもこの問題を前進させて欲しいと強く願っている。民主党政権では完全に無視された同問題に対して、拉致議連で活動し、強い問題意識を持っている古屋氏であれば、安倍総理とタッグを組んで被害者家族の皆さんに対して光を与えてくれるのではないか。心からそれを願っている。

また、日本の政治を立て直すためには、官僚利権撲滅などの「シロアリ退治」が1丁目1番地であるというのが僕の持論なので、発信力・行動力があり、衆院当選3回で閣僚に抜擢された保守の論客・稲田氏には思う存分、力を発揮してほしい。

石破茂幹事長は以前から閣僚人事に関しては、「どうしてその人がその大臣になったのかを、明確に説明できなくてはならない」と繰り返し述べてきた。実際、その通りの人事が行われた今回の組閣に、「新生自民党」への期待感が膨らむ。

蛇足ながら、安易な人気取りのため、小泉進次郎氏を起用しなかったことも、安倍内閣、小泉氏双方にとって良い選択だったと考える。小泉氏は将来の自民党における「超エース」。焦ることなく大事に育てなければならない。

ただ懸念もなくはない。ひとつは公明党の前代表・太田昭宏氏が海上保安庁を所管する国交相となること。昔から中国に独自のパイプを持ち、超親中の公明党の重鎮が、尖閣諸島の最前線で、領海侵犯を繰り返す中国船と日夜「闘って」いる海上保安官たちを束ねる組織の長となることには、違和感と不安を禁じ得ない。彼単独で何かできるわけではないので杞憂に過ぎないとは思うが、正直納得できない。

また、自民党総裁選挙でその無能ぶりを露呈し(本ブログ「露呈した石原伸晃の限界」参照)、「平成の明智光秀」とまで言われた石原伸晃氏を、原発担当相に起用する必要があったのだろうか。参院選で必勝を期す安倍内閣とっての党内融和の重要性は十分認識している。それを理解してもなお、個人的には釈然としない。

とは言え、第2次安倍内閣は、80年代頃から政治を見てきた僕にとっても、史上最も「能力重視」の哲学を貫き、専門性に優れ、かつ将来性のある人物がそろった最強の内閣。手堅く仕事ができる、まさに「ドリームチーム」と言えよう。

自民党が、真に古い自民党と決別できるのかどうか、あるいは本当に掲げられた公約を成し遂げることができるのか、それは今後の政権運営を見てみなければ分からない。しかし、この人事を見る限り、多くの方は期待感を持っているのではないだろうか。

最後にメディアの反応について。昨日までの閣僚予想の段階では、僕が見た限りでは、TBS、テレ朝が相も変わらず「お友達内閣」批判を匂わせていた。全く的外れの議論を繰り返す古臭い論調は無視するに限る。国民にとっては、総理と閣僚とがお友達だろうが、恋人同士だろうが、敵同士だろうが全く関係ない。仕事ができるかどうか。それだけが唯一の判断基準だ。 

昨夜の「報道ステーション」では、コメンテーターの三浦俊章氏が、「閣僚に女性を二人登用するのは評価するが、そもそも国会議員における女性比率をもっと高めるべき。韓国では国会議員の15%が女性であり、女性大統領も誕生した。国際的に見ても、日本は相当遅れている」という主旨の発言をしていた。

批判したい連中は、どのような理屈をつけても批判を「創り上げる」ものだと感心させられる。しかも、その批判の中に、朝日お得意の「韓国礼賛」を付け加えているのも「らしくて」いいのではないか。

さあ、第2次安倍内閣の陣容は完璧に整った。あとは実行のみである。なるべく早期に「結果」を出していくことを願っている。同時に、朝日系、毎日系などのメディアが、安倍内閣をどのようなアイディアを捻り出して批判するのかにも注目してみたい。それに関しては、また後日レポートさせていただく。

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2012年12月24日 (月)

既存メディアからネットメディアへ ‐余録・安倍総裁人気の源泉ネットメディアの驚異的な「政治的」進歩‐

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上記の写真は、安倍晋三自民党総裁が自身のFacebookページでシェアしていたもの。既存メディア、少なくとも「朝日系」が2009年に政権交代を果たした民主党と、今回政権交代を成し遂げた安倍自民党に対しての態度がいかに違うのかということを明確に表している「証拠写真」である。

先日、本ブログにて、安倍総裁の人気政治評論家、故・三宅久之氏に対するfbでのコメントに関して、人間としての深い情を感じたとの記事「人間・安倍晋三 ‐故・三宅久之氏へのコメントに見る彼の心根‐」を掲載したところ、僕には予想し得ない多くの方から応援クリックをいただいた。安倍氏のネットでの人気に、今更ながら驚かされた。

安倍氏のSNS活用の卓越性については、本ブログの「安倍総裁は日本のJFKか? ‐メディアを制する者が選挙を制す‐」、「自民党安倍総裁の効果的SNS活用術 -絡んできた仙谷氏を撃退などなど-」、「安倍総裁 印象操作問題でTBSに完勝! -露呈した大手メディアによる政治報道のアナクロニズム-」などの記事において議論させていただいた。

その「スキル」によって、帰ってきた安倍氏は、的確に既存メディアの理不尽なスタンスに対する反撃を行い奏功している。

以前の記事、「安倍氏潰しが始まった?」で指摘させていただいたように、朝日主筆の若宮啓文氏は「安倍氏をたたくのは朝日の社是」だと考えている。そうした朝日グループによる「反安倍」を明確に表しているのが上記の写真だと言える。

そうした「反安倍」≒「反日」メディアを粉砕するため、安倍氏には引き続きネットメディアを十二分に活用していただきたいし、そのようにされるだろう。

尊敬するブロガーAyakikki氏から、今回の総選挙におけるネットメディア「躍進」について、「既存メディアVSネットメディア、プロVSアマチュアが競合して、大バトルを演じる時代」とコメントをいただいた。本当に的確なご指摘で、僕自身、その念を強くしている。

全く進歩のない政治報道を続ける既存メディアに対し、例えばブログにおいてはAyakikki氏など、またツイッターでは僕がフォローさせていただいている、applejonagold氏、高橋氏などは、「プロ」である政治記者や論説委員以上に斬新、かつ鋭い視点で政治を分析し、新たな議論のフィールドを提供してくださっている。

このような事実を踏まえると、Ayakikki氏のご指摘どおり、既存メディアをネットメディアが、そしてプロをアマチュアが凌駕するという現象が一般化しつつあるように思える。

このような時代にあって、我々有権者が成すべきことは、「読売」とか「朝日」といった所謂「ブランド」を盲信するのではなく、情報のチャネルをできる限り多く持ち、その中で「真実」は何なのかを追求することなのだと考える。

上述の高橋氏は、基本的には保守的なツイートをされている。しかし一方で、「もし世論が感情のみで極右なことを言い出したらその危険性をツイートすると思います。日本人はいきなり豹変するので」と述べるバランス感覚を持っておられる。偏向メディアよりもよほど、ジャーナリストとしての「プロフェッショナリズム」をお持ちであることに感銘を受ける。

また同氏は、「基本、ちょっと右寄りな人もちょっと左寄りな人も平和な日本、より良い世界にしたいという思いは同じですよね。(日本人の振りして中韓の為に工作する極左な人を除く)深い部分では分かり合えると思います」ともコメントしている。こうした考えこそ、既存メディアが持って然るべき思想であると思うのだが、彼らには彼らの価値観があるのだろうし、それで没落して行くのは自業自得だろう。

26日に予定される安倍政権発足へのプロセスで顕在化した、ネットメディアの飛躍的な台頭。これは、これからの日本の民主主義を大きく発展・成熟させる可能性を感じさせるに十分であるし、事実そうなるだろう。

上記の記事「安倍総裁は日本のJFKか? ‐メディアを制する者が選挙を制す‐」で議論させていただいたように、今回の安倍内閣の誕生は、おそらく日本政治史における、政治とメディアの在り方を変えた金字塔となるであろうと予言させていただいておく。

いずれにせよ、2012年のクリスマスイブ。安倍政権が、国民への最高のクリスマスプレゼントになることを心から祈っている。

Merry Christmas!!

John Lennon - Happy Xmas (War Is Over)



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2012年12月22日 (土)

人間・安倍晋三 ‐故・三宅久之氏へのコメントに見る彼の心根‐

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(写真は三宅久之氏fbページより)


12月16日に行われた総選挙において、自民党が大勝してから早1週間。安倍総裁は政権発足に向け、精力的に動いている。

18日には、日本銀行の白川方明総裁との会談で2%のインフレターゲットの設定など、政府と日銀の政策協定の締結を要請。21日には、額賀福志郎元財務相を特使として韓国へ派遣し、次期大統領の朴槿恵氏に親書を手渡すことを表明。

また、26日発足予定の安倍内閣の陣容については、盟友の麻生太郎元首相を副総理・財務相兼金融相に、側近の菅義偉氏を官房長官に起用。前総裁の谷垣禎一氏、総裁選を戦った林芳正氏、石原伸晃氏も入閣予定。さらには、政策通の茂木敏光氏、根本匠氏の起用も確実視されており、「危機突破内閣」の名に相応しい強力な布陣となりそうだ。

そんな超多忙の安倍総裁が、12月20日、自身のFacebookページにコメントを掲載した。それは、11月15日に他界した政治評論家・三宅久之氏への感謝の言葉。

三宅氏は、9月26日に行われた自民党総裁選挙に先立つ9月5日、代表発起人として「安倍晋三総理大臣を求める民間人有志による緊急声明」を屋山太郎氏、金美齢氏などと共に発表し、安倍氏に対して総裁選への出馬を強く促した。

この頃は、「5年前に政権を投げ出した安倍氏には、総裁選へ出馬する資格がない」という論調が多数派だった。例えば、宮島理氏のような、「私は小泉改革を発展継承した安倍改革を強く支持してきたが、そんな私でも安倍再登板はみっともないと思う。仮に総裁選に出馬したところで、橋本元首相のようになるのがオチだろう」、「正確には投げ出しではなく病気による退陣ではあったが、その病気がいかなるものであれ、政治家にとっては理由にならない。今さら再登板して泥臭く首相をやりたいというなら、どうして5年前に意地でも首相の座にしがみつかなかったのか」などという、的外れかつ無茶苦茶な主張さえあった。

そんな中、三宅氏は自身のブログにおいて、「なぜ『安倍』か(前編)」、「なぜ『安倍』か(後編)」などの記事で安倍氏への全面的な支持を表明していた。

そうしたサポートのおかげもあり、安倍氏は自民党総裁選で見事勝利を収め、三宅氏はその勝利を称賛し、そのことを本当に嬉しそうにfbでコメントしていた。

残念ながら三宅氏は、総選挙での自民党の圧勝を見とどけることなく、この世を去った。さぞかし無念だっただろう。しかし三宅氏が、近く発足する安倍政権樹立の大きな立役者だったことは間違いなく、安倍氏もそのように認識している。

三宅氏が亡くなった11月15日、安倍氏は自身のfbページで、こんなふうに三宅氏への感謝の念と、その死への無念さを述べている。

「三宅さんはこの五年間私を励まし続けてくれました。先の自民党総裁選挙の際にも、多くの方々が『今回は慎重になるべきだ』との意見の中『断固として総裁選挙に打って出るべきだ!君が身を捨てて先陣に立ち、今こそ日本の為に闘え!』と叱咤激励して頂いたのも三宅さんでした」。「あと少し、あと少しでも、戦いぶりを見て頂きたかった。本当に残念でなりません」。

そして上述の12月20日のfbページでは、「三宅久之さんのお別れの会」へ出席したことを報告し、改めて同氏に対する想いを綴っている。少し長くなるが、以下引用させていただく。


三宅さんには私が初めて衆議院へ立候補した時から、ずっとお世話になり続けてきました。

5年前、総理の職を辞した時にはすぐに駆けつけてきて、こっぴどく叱られました。と同時に「もう一度、国の為に立ち上がれよ!」と励ましてもくれました。

三宅さんは日本中から私がバッシングされている中でも、テレビ番組に出演した際には私を庇い続けてくれました。

今年の初めに放送された番組では「来年には安倍晋三が総理大臣になっている!」と三宅
さんは発言されましたが、私を含めておそらく日本中の誰もがそうなるとは思っていなかったのではないでしょうか。

その後、私の元を訪れる度、三宅さんは「今年の秋の総裁選挙へ勝負しろ!勝ち負けを度外視して今こそ政治生命をかけろ!」と強く背中を押し続けてくれました。三宅さんの言葉が無ければ、私が再び総裁選挙へ立候補することは無かったでしょう。

26日に総理大臣に就任した後には、三宅さんの墓前に総理大臣就任のご報告と、あの時三宅さんに言われたように、全身全霊もって国の為に尽くすことをお誓い申し上げようと思っております。

おそらく今日は雲の上で、同じ毎日新聞の記者だった、うちの親父と茶話会でもされているのではないでしょうか。

「晋太郎さん!どうだい、俺はやっただろう!」

いつもの心地よい三宅さんの声が聞こえたような気がします。



安易に「巧言令色」を弄する政治家は多い。そのような輩は、まさに「鮮なし仁」の類だと思われる。しかし、安倍氏の三宅氏に対する言葉からは、彼がどれほど三宅氏を慕い尊敬していたか、また、どれほど感謝していたのかがストレートに伝わってくる。

僕はこれまで、政治家がこれほど率直に自身の想いを語るのを、見たり聞いたりしたことがない。それだけに安倍氏の言葉には感動を覚えるし、そこからは、彼の実直さ、誠実さ、そして恩を忘れない、人間としての在るべき姿が窺える。

もちろん立派な人間だからと言って、必ずしも有能な宰相足り得るわけではない。しかし魑魅魍魎が跋扈する政界にあってこそ、安倍氏のような人間が政治家として偉大な功績を成し遂げて欲しいと願わずにはいられない。

安倍氏と三宅氏の交友から、何か温かいものを感じ、政治評論からは少し離れ、今日はこのような記事にさせていただいた次第である。


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2012年12月19日 (水)

自民・民主それぞれの「参議院問題」 ‐再論・参議院改革を急げ!‐

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(写真はJC-NETより)


野田佳彦首相による突然の解散宣言によって始まった総選挙は、多党乱立、各党の合従連衡などを経て、結局は自民党の圧勝で幕を閉じた。

総選挙の直後ではあるが、今、「参議院」が自民党、民主党双方にとってキーワードになっている。

当ブログの記事「宴の後 社説等にみる各メディア自民圧勝報道のスタンス ‐バカメディアは無視 あなたの思想こそが一番‐」で議論させていただきたように、各メディアはそれぞれのスタンスで選挙を総括した。

そして異口同音に発するのは、「本当の勝負は次の参議院議員選挙」という言葉。ご案内の通りこれは、いくら衆議院で大量の議席を有していようとも、どの党も過半数に達しない参議院において法案が否決されれば、それは成立に至らないということ。

今回の総選挙においては、自公が衆議院の3分の2以上の議席を獲得したので、再可決によって法案を成立させることはできる。しかし、法案の成立までに時間がかかるうえ、この手法を連発すると、メディアからは「乱暴な国会運営」と批判される。法案がなかなか成立しなければ「決められない政治」、「政治の停滞」などと批判し、憲法によって定められた手法で成立させようとすれば「数の横暴」、「民主主義の形骸化」などと批判する。まぁ、勝手なものだ。

ともあれ、そのような事情から、自民党安倍晋三総裁も、石破幹事長も新政権発足後の国会運営に関しては慎重な発言に終始している。前参議院議員の田村耕太郎氏は、3分の2での再可決を「麻薬」と呼びその乱用に警鐘を鳴らしている(msn産経ニュース)。

自民党にとって、ここでいう「参議院」というキーワードは、3分の2での再可決をしなくても法案などを遅滞なく成立させられるよう、次期参院選での必勝を期しているということ。それなくして安定した政権運営はできない。石破幹事長は、「参院選に負けたら、安倍もポスト安倍もない。自民党そのものが終わる」とさえ考えている(msn産経ニュース)。

一方民主党の「参議院問題」は、野田氏後継の代表選びに関して。通常、大政党が選挙で敗北した際の在り方としては、党首始め執行部が責任を取って辞任。そしてなぜ選挙に負けたのかを総括したうえで、その課題を乗り越えられるのは誰なのかということを第一に考え党首選挙を行う。ところが、こうした「自然」な権力交代を妨げる要因が民主党にはある。それが、民主党幹事長兼参議院議員会長の輿石東氏の存在。

今回の総選挙の大敗により、民主党の衆議院議員は57名となり、88名いる参議院議員よりも少数派となってしまった。衆議院の定数が480人、参議院が242人であることを考えると、これはあり得ない異常事態である。

通常どの政党においても、憲法においてその優越が規定された衆議院議員の方が参議院議員より力を持っている。そう、何と言っても「優越」する議院に所属しているのだから。ところが今次の民主党代表選挙においては、議員数において参議院議員がはるかに多いため、まさかの逆転現象が生じている。

しかもその民主党の参議院を率いているのが、超守旧派、というか時代の変化についていけない左翼政治家・輿石氏…。そのような人間が、以前の小沢一郎氏のように君臨している以上、民主党が復活できるはずもない。事実同氏は、「代表選の前に総括をやって何か生まれるのか?」と述べているそうだ(msn産経ニュース)。このような人物が、再生を期すべき民主党代表選の急所を握っているのだから、同党は当分立ち直れないだろう(まぁ、特に蘇生してほしいとも思わないが)。

日本の政治史上、参議院では党の派閥とは別に、参院議長、党の参議院議員会長などがボスとなり、政治の主導権を握ろうとする傾向がある。古くは自民党の重宗雄三参議院議長に始まり、村上正邦参議院議員会長、青木幹雄参議院議員会長などが保持していた権力を見れば非常に分かり易いだろう(Wikipedia参照)。そして現在、民主党においては輿石氏がそのポジションにある。

自民党が抱える「参議院問題」は、議会制民主主義の根本にかかわる問題。対して民主党のそれは党内政局の問題。その二つには大きな隔たりがある。しかしながら、憲法によって衆議院よりも「劣等」とされている参議院が、必要以上にその権力を行使しているという点においては共通している。

本ブログにおいては、以前「参院1票の格差「違憲状態」-改革せよ、然らずんば死を-」という記事で、大胆な参議院改革、ないしは一院制を主張させていただいた。

記事の概要をかいつまんで説明させていただくと、米英独加仏における上院(日本の参議院)は、下院(日本の衆議院)とは全く違った選挙制度、哲学において選出されており、それ故、その存在意義がある。然るに日本では、衆議院と大差ない選挙制度によって参議院議員が選出されており、しかも二院制の最大のメリットと言える「チェック機能」も果たしていない。

そうであるならば、アメリカの上院(定員は各州2名ずつで計100名)を参考にして、参議院議員は地域代表という位置づけで各都道府県2名ずつの計94名で十分。それができないのであれば、いっそ一院制でいい、というもの。

事実現在の参議院は、昔から言われている「衆議院のカーボンコピー」であるばかりか、寧ろ政局に利用され、日本の政治を大きく停滞させている。こんな参議院なら存在する価値はない。

上記の記事をもし読んでくださっていれば、「また同じこと言っているのか」と思われるかもしれない。しかし敢えて再度主張させていただきたい。

二院制の意義を失った参議院など存在する必要はないし、税金の無駄遣いに他ならない。ましてや、現在の参議院は日本の政治にとってマイナス効果しか発揮していない。輿石氏のような「妖怪」が統治し跋扈する議院など、国益を損なう存在でしかない。

海外では日本の参議院を'Upper House(上院)'と呼ぶが、それはイギリスの貴族院などに代表されるように、'Lower House(下院)'での議論が不十分だった場合、それを補う役割を期待されているためそう呼ばれている。ところが現在の日本の参議院は、衆議院での議論を混乱させるのみで、'Upper'どころか、'Much Lower House'に成り下がっている。

様々な課題を背負った安倍新政権に対して、参議院改革まで求めるのは忍びない。しかしことは一政権に止まらず、日本の民主主義の根幹にかかわる問題だ。そうである以上、「戦後レジームからの脱却」を目指す安倍総裁であるからこそ、その改革を行ってほしいと考える。

日本国憲法制定の際GHQは、日本の議会制民主主義においては一院制を提示していた。しかし、松本烝治憲法改正担当国務大臣の反論によって二院制が採用されることとなった。松本氏の議論は、「一院制では選挙で多数党が変わる度に前政権が作った法律をすべて変更し政情が安定しない」という点にあった。しかし、そうして二院制を摂った日本は、今や毎年総理大臣が変わる「政情不安国」に成り果てている。

「議員」定数削減にさえ消極的な政治家たちが、「議院」を廃止することなど絶対に認めないだろう。それでも敢えて言わせていただく。今のままの参議院であれば、その存在自体が有害。

国民に対して「痛み」を伴う増税などを求めるのであれば、政治家は「激痛」を受け入れなければならない。それが真の政治家の矜持ではないのか!

追記(12月20日):参議院の選挙制度改革、定数削減は法律の制定によって行えるが、一院制を採用するためには、二院制を規定した憲法42条の改正が必要となるので、ハードルは非常に高い。

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2012年12月17日 (月)

宴の後 社説等にみる各メディア自民圧勝報道のスタンス ‐バカメディアは無視 あなたの思想こそが一番‐

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(写真はJANJAN NEWSより)


自民党の圧勝、民主党の惨敗で終わった総選挙から一夜明けた今日、新聞・テレビの各メディアは我田引水的な評価を下している。

どのメディアにも共通している主張は、今回の自民党の圧勝は自民党が支持されたというわけではなく、民主党が酷すぎたためによる、というもの。それはその通りであると考えるし、事実民主党政権の体たらくは予想以上で、僕を含めて、前回総選挙で民主党に期待した有権者全ての「希望」を粉々にしてくれた。

また、同じく各メディアが異口同音に主張するのは、自公で3分の2以上の議席を得たからといって、乱暴な国会運営は許されないということ。それもまたもっともな指摘であり、安倍総裁、石破幹事長のインタビューを見ていても、その辺りは十分に心得ておられることが伝わってきた。

ここまでは多くの方が同意できる分析だと思うが、早速、「反安倍」の動きも見られる。

本日のTBSの昼のニュースでは、自民党、あるいは維新の躍進を「右傾化」という予想通りの言葉で括り、コメンテーターは、「有権者は、憲法改正、自衛隊の国防軍への改編のような考え方について安倍氏を全面的に支持したわけではない」という主旨の発言をしていた。

それはある意味では当然であろう。というのも、ある党の主張について、100%同意して投票するという有権者はむしろ稀であると思われるからだ。ただ、敢えて憲法改正などについては信任を得ていないというのであれば、TBSは有権者の投票行動と同時に、その投票の理由をきちんと追跡調査しているのだろうか?そうしてデータに基づいて、定量的な分析を行ったうえでの発言なのだろうか?

少なくとも僕が見たニュースにおいてはそうした分析は示されていなかったので、その発言は99%そのコメンテーター、あるいはTBSの定性的判断に基づく、「予測」に過ぎないと言える。ただでさえ国民の信頼を失っている同局が、相も変わらずこのような無責任な発言を続けていることは、これまで思い切り批判させていただいてきたとおり(腐ったTBSは報道機関という名に値するのか? -またしても安倍総裁に対する印象操作-)、この局の無反省の象徴と言えるだろう。

新聞の社説はどうか。「民主党が酷すぎた」、「自民は謙虚な国会運営を」という点においては、読売朝日毎日産経とも同じような主張であり、表現の仕方の違いはあっても異口同音と言える。

また、衆参の「ねじれ」を踏まえて、今回の衆院選の結果はあくまで第一歩であり、来年の参院選こそ本当の勝負であるとの認識は、新聞・テレビを問わず、どのメディアでも共通の認識だ。

ただ、今後の政権運営について、新聞の社説においては二分されている。朝日と毎日は「自公民」の枠組みを重視せよとの主張。この2紙は、これだけ国民に否定された民主党を、まだ政治の中枢に置くべきと考えているのだろうか。

一方、読売、産経は日本維新の会の躍進を重視しており、程度の差はあれ、同党が今後国政において一定の役割を果たすことを期待しているように読み取れる。

産経はさらに一歩踏み込んで、「新憲法を志向する勢力が大量の議席を占めた」と捉えている。「弾道ミサイル発射を強行した北朝鮮や中国への対応で速やかに緊密な連携を図ることが必要だ。焦点は、公約にも挙げた集団的自衛権の行使容認にある。公明党は慎重だが、新政権は行使を禁じている憲法解釈の変更に踏み込むべきだ」と論じ、安倍氏の理念を最も支持しているように思われる。

一方で朝日は、「自民党の公約には強腰の項目が並ぶ。憲法を改正し自衛隊を国防軍に。集団的自衛権の行使を可能に。尖閣諸島に公務員を常駐させる。政府主催の『竹島の日』の式典を催す。だが、それが本当に日本の安全につながるのか」。また、「戦前の反省をふまえた、戦後日本の歩みを転換する。そうした見方が近隣国に広がれば、国益は損なわれよう。米国からも日本の『右傾化』への懸念が出ている折でもある」と、昨日の本ブログの記事において指摘したような、典型的な「古典的」左翼の主張を相も変わらず続けている…。

止めは、「前回の安倍政権では靖国神社参拝を控え、村山談話や河野談話を踏襲して、日中関係を立て直した。そうした現実的な知恵と判断こそが重要である」と、中韓の利益を代弁するような議論。

各紙の社説をじっくり読んでみて、正直、これほど分かり易く読売・産経VS朝日・毎日という構図の社説が並ぶとは想像していなかったほど、「まんま」の結果となった。一言でいえば、両陣営とも十年一日のごとく全く進歩がないと改めて実感した次第である。

こんなくだらないメディアに辟易し、それでも不当な報道と闘おうしている安倍総裁には心から同情する。また、安倍氏に限らず、特に大物政治家は同様であろう。

本ブログで繰り返し繰り返し主張させていただいているが、メディアなど、「ほんにお前は屁のような」存在である。こんなくだらないメディアのインテリぶった尤もらしい主張よりは、実生活に基づいた皆さんのお考えの方が余程プラクティカルかつ重みがある。それについて自信を持っていただきたい。

今後安倍政権は、間違いなくメディアに叩かれ苦境に陥ることがあるだろう。その際は、安易に連中の論理に同調せず、自分が正しいと考えることを信じていただきたい。皆さんは素晴らしい考えを持ってらっしゃると信じていますし、それに自信を持ちましょう。その思想は、きっとあなた自身を偽らない、真のあなたの声に違いありません。

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ついに審判下る 圧勝:自民 惨敗:民主 解党危機:未来・社民 ‐安倍総裁「戦後レジームからの脱却」へ前進‐


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2012年12月16日 (日)

ついに審判下る 圧勝:自民 惨敗:民主 解党危機:未来・社民 ‐安倍総裁「戦後レジームからの脱却」へ前進‐

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(写真は左・msn産経ニュース 右・民主党ホームページより)


第46回衆議院議員選挙は本日投開票され、現在までの各種メディアの出口予測によると、本ブログの記事、「まだまだこれから『日本を、取り戻す。』自民党 -民主党一派・左翼壊滅へ-」で議論させていただいた通り、自民党が絶対安定多数を上回り、300議席を窺う勢い。一方民主党は70議席に届かず予想通りの惨敗。第三極は、日本維新の会は当初の勢いが消え失せ50議席弱、未来の党も議席数が10を割りそうな状況。一方でみんなの党は議席倍増の模様。

注目されている政治家に目を移すと、田中眞紀子文科省、仙谷由人元官房長官、藤村修官房長官は落選確実。菅直人元首相、横路孝弘衆議院議長は出口調査では対立候補にリードを許しており、枝野幸男経産相も苦戦。野田佳彦首相、玄葉光一郎外相は当選確実ではあるものの、民主党への逆風が際立つ結果だと言える(いずれも選挙区での状況)。

こうした民主党の状況を、元その一派・未来の党が惨敗し、社民党の消滅危機、共産党も伸び悩んでいることと併せて考えると、上記記事で「左派的思想を持った民主党の議員、そして共産党、社民党といった、中韓にシンパシーを持った連中は、もう日本の有権者には支持されていない。中露韓から、あれほど屈辱的な『攻撃』を受けることをよしとする政治家など、今の日本人は必要としていないということだ」と述べさせていただいたように、国民が左翼政治家を忌避したことは明確ではないだろうか。

民主党の大敗は随分前から予想されていたが、同様に前回総選挙で国民を「欺き」、決められない政治の元凶であった小沢一郎氏による急ごしらえの政党、未来の党の負けっぷりはあまりに悲惨で、全く支持していない僕でも同情したくなるほどだ。

熱狂的に小沢氏を支持する有権者も一定程度存在するものの、野田首相による突然の解散のため、さすがの選挙の達人小沢氏といえども打つ手がなかったのだろう。「脱原発」を含め、全ての政策の薄っぺらさは、必ずしも政治に詳しくない有権者にも見透かされていた。当然の結果だろう。

出口調査の数字が現実になれば、未来の党は党首討論への参加はおろか、単独で法案提出すらできない「弱小野党」へと転落してしまう(本日付YOMIURI ONLINE参照)。どの政党も過半数を得ていない参議院において、何らかのかたちで活路を見出す手もなくはないが、自公が小沢氏を相手にするとは考えにくい。謀略家・小沢氏による今回の謀は成就せず、ついに命運尽きたかたちだ。

日本維新の会もまた、野田首相による解散の余波をまともに受け、準備不足がたたり、大きく勢いを削がれた。石原慎太郎代表と橋下徹代表代行の発言のちぐはぐさ、生煮えの各種政策も然ることながら、演説もろくにできない候補者ばかりでは勝負にならない。ただ、まだ一歩目を踏み出したばかりなので、両氏が共有する「理念」を重視し、今後に期待したい。

選挙の結果を受け、自民党安倍総裁の総理大臣への復帰は確実となった。自民党総裁選挙においては、最有力とされていたわけではない中を勝ち抜き、選挙戦では自身の理念を前面に押し出して先頭に立ち、結果として自民党を大勝へと導いた功績は大きい。

しかしながら、安倍総裁は勝利の美酒に浸る間もない。目の前には喫緊の課題が山積みだ。震災からの復興、デフレ脱却、消費増税の扱い、領土問題、社会保障・福祉、議員定数削減などなど。こうして並べてみただけでも、一国の宰相の責任の重さに目が眩む思いがする。安倍総裁には「戦後レジームからの脱却」を旗印に、前例や慣習に囚われない新たな政治を追求してもらいたい。

前回の総選挙は、民主党による政権交代が成し遂げられた歴史的選挙であった。今回の自民党の圧勝は、有権者が何事をもタブー視することなく議論できる国への転換を求めた、という意味で歴史的選挙であったと考える。金科玉条のごとく護憲を叫び、改憲=戦争と決めつけ、改憲の議論すら許さないような風潮は普通ではない。

今回の選挙で左派勢力に'NO!'を突きつけた有権者。今後は、国民の利益を第一に考えているとはとても思えないメディア、学者、評論家などを峻別していかなくてはならない。彼らは中韓などの主張を基に、選挙の結果を「右傾化」と論じるのだろう。こうした連中が、本来「美しい国」である日本を汚してきたのだという事実を認識しなくてはならない。

例えば12月12日付の毎日新聞の社説。時代遅れの世界観で「日米両国の利益」を論じ、引き続き「冷静に」中韓に阿るだけの政治を継続せよと主張する。また、核保有に関しては語ることすら許されないと、主権国家では当然の議論さえ封じようとし、勝手に「政治風潮を憂える」としている。国民はどんどん先に進ませていただくので、どうぞご自由に100年でも憂えていてください、と言いたい。

僕は自身の価値観に合わない言論を封殺しろと言いたいのではない。極左から極右まで、様々な意見があっていい。それをできるのが、中国などとは違い「言論の自由」が保障された国の在り方だ。ただ、もうこれまでのような偏向報道は通用しない時代になっている。偏向し、あるいは誤った情報を見抜く「眼」を有権者は持ち始めており、今回の選挙結果はその顕れであると考える。

安倍総裁には、総理として十分にリーダーシップを発揮し、今の日本に必要と思われる施策を積極的に展開していただきたい。自身の理念に基づいて日本をどんどん前に進めていくこと。それが悪しき戦後レジームの呪縛から逃れることに繋がるだろう。

そして我々有権者は、問題があれば批判をするのは当然だが、長期的視野に立ち、政権を見守る辛抱強さも必要とされている。そのためには、上述のような時代遅れの言論を弄する勢力の主張を正しく理解しなくてはならない。それが有権者にとっての「戦後レジームからの脱却」であると考える。

政治家、有権者双方の努力によって、毎年首相が交代するような現状を必ず脱出することが必要とされている。そうでなければ、日本の危機は更に大きなものとなり、それを欲している勢力の思いのままの日本となってしまうということを肝に銘ずるべきだろう。

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"We are all just prisoners here, of our own device." ‐今改めて考える「戦後レジームからの脱却」‐


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2012年12月14日 (金)

投票まであと二日 必ず選挙に行きましょう! ‐投票しない者に政治を批判する権利なし!!-

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衆議院選挙の投票日まであと二日。情勢は、今日までの報道を見る限り、本ブログ「まだまだこれから「日本を、取り戻す。」自民党 -民主党一派・左翼壊滅へ- 」でレポートさせていただいたように、自民圧勝のトレンドに変わりはなさそうだ。

当地は日本でも有数の豪雪地帯。今回のような真冬の選挙では、当日何が起こるか分からないので、昨日、期日前投票を済ませてきた。

今日会った知人に、世間話程度の意味合いで、「昨日、期日前投票に行ってきたよ」と話した。彼の反応は、「俺は選挙になんて行かない。誰に投票したって同じなんだから、選挙になんて無駄な時間は使わず、自分のやりたいことに使う」とのこと…。

彼のような発言は、テレビの街頭インタビューでも、ネット上でも頻繁に見かけるので、そうした考え方に基づいて選挙に行かない人たちも多数いるのだろう。

投票に行かないことは法律違反でも何でもないので、そのような人たちを咎めることはできない。それもまた、「消極的選択」といえるのかもしれない。しかしそれならば、合理的ではないにせよ、投票所に行き白票投じるのが筋なのではないのか、と個人的には考える。

僕は自身が支持する候補なり政党に投票してもらいたいがために、選挙に行くべきだと主張しているわけではない。投票を呼び掛けたことによって、僕が最も支持しない候補に投票されたとしても、それはそれでいいと思っている。有権者である以上、少しでも政治について語りたいのであれば、投票行動を起こすことが最低条件だと考えているのだ。

本ブログにおいて何度も言及しているが、「どこに投票しても同じ」、「投票したいと思える候補者がいない」などと主張する人たちに限って、どの候補者・政党がどのような理念なり政策を唱えているのかを知ろうとする努力をしていないし、その一方で不満ばかり口にする。

ベストと思える投票対象が存在しないのであれば、セカンド・ベストを発見すべく努力をする。それが民主主義国家に生きる有権者の在るべき姿、もっと言えば義務だと考える。

ビジネスの世界において、「全然良い施策がないので営業努力はしない」などとは言えないだろう。手持ちのカードがガラクタであっても、前へ進まなければならない以上、その中から最善を選択する。それが「大人」の発想であり行動だと思う。

僕の知人個人を批判するつもりは一切ないが、こと政治となると、そのような無責任な態度に終始する人たちが多数いることは残念この上ない。

先般、尊敬するブロガーであるAyakikki氏から、「首相公選制についてどう考えるか?」と問われ、「是非導入してもらいたいが、(自分も含めて今の有権者のレベルでは)とんでもない首相を選ぶ可能性があるので、その点が怖い」とお答えさせていただいた。

これも毎度主張させていただいていることだが、我々有権者はもっと政治に興味を持ち、もっともっと政治について勉強する必要がある。そのうえで、投票すべき対象が見つからないというのであれば、それはより高次の悩みであると思うが、何も分かっていないにも関わらず不満ばかり述べるのは、きつい言い方をさせていただけば、「怠け者の戯言」でしかない。

政治に対して自己の意思表示をいない人たちは、少なくとも次の総選挙までは、政治を批判する権利はない。投票しないということは、政治への参加を棄権したということに他ならないからだ。当分静かにしていてください。

明日は土曜日ですし、お休みの方も多いでしょう。期日前投票なんてあっという間に終わりますので、散歩がてら、あるいはドライブがてら、ちょっと投票所に立ち寄ってみてください。もちろん選挙当日、投票に行ってもいいのですが、天気が悪かったりすると、つい面倒くさくなって「行くのやーめた」とならないとも限りませんので。

僕がこのブログを始めた最も大きな理由は、日本人にもっと政治に興味を持っていただき、民主主義を身近に感じていただきたいと考えたこと。もちろん、自身の主張に共感を抱いていただける方がいらっしゃればそれに越したことはないのですが。

さぁ、明日か明後日、頑張って投票に行ってみましょう。ひょっとしたら、あなたの中の何かが変わるかもしれませんし、日本が変わるかもしれませんよ。中国や北朝鮮とは違う、日本というアジアで最も進んだ民主主義国に生きている有権者として、その権利を思いっ切り行使してみましょう!

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2012年12月11日 (火)

まだまだこれから「日本を、取り戻す。」自民党 -民主党一派・左翼壊滅へ-

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(写真は自民党ホームページより)


本日12月11日付のmsn産経ニュースによると、来る総選挙における、現時点での各政党の予想獲得議席数は以下のとおり。

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自民党は絶対安定多数を大きく上回り300議席に迫る勢いで、公明党も公示前の議席を大きく上回りそう。維新は太陽の党との合流後の、石原氏、橋下氏の発言のブレや、両党の「体質」の違いがマイナス要素となり失速し、50議席前後。みんなの党は公示前よりは数を伸ばすのが確実なようだ。

一方、与党民主党は予想通り、100議席を切る大敗。民主党から離脱した小沢氏らが嘉田氏を担いだ未来の党も惨敗予想。共産党は何とか公示前勢力を維持できる模様だが、社民党は党消滅の危機に瀕する。

毎日jpでの予想もほぼ同様であり、現時点での情勢は上記の数字が確かなようだ。

本ブログでも、「さらば民主党 一バカ有権者の回想 Part 1 ‐欺瞞と虚言 鳩山政権の超無能ツートップ鳩山と平野‐」、「さらば民主党 一バカ有権者の回想 Part 2 ‐日本を「破壊」した陰湿左翼政権 菅内閣そして仙谷官房長官‐」、「さらば民主党 一バカ有権者の回想 Part 3 ‐外交無策で財務省のパペット 「嘘つき」になりたくなかった野田首相‐」と3回にわたって民主党政権を批判させていただいたが、このような有権者の民主党政権に対する不満が一気に爆発している、というのが現在の状況だろう。

しかも民主党は、選挙戦略においてもミスを犯した。民主党政権への猛烈な逆風は明らかだったことを考えれば、まずは前回総選挙のマニフェストについてきちんと総括し、反省・謝罪を明確にしたうえで、それを踏まえて民主党はどう前進するのかを真摯に訴えるべきであった。

ところが、あまりの逆風に焦った野田首相は、「前へ進むのか、後ろに戻るのか」といった説得力のない抽象論を主張の軸に据えたうえ、公共事業、脱原発、デフレ対策、そして「国防軍」などについて徹底的に自民党と安倍総裁を攻撃するネガティブ・キャンペーンを展開してきた。

また、他の民主党幹部も、高校無償化、農家の戸別所得補償などの「実績」と呼ぶにも値しない政策を民主党政権による成果であると強弁。こうした民主党の姿勢に対し、有権者は「謙虚さがなく反省が足りない」と、一層反発を強めたとしても不思議ではない。

選挙後にはTPPを巡って、民主党内でひと悶着あることが予想されるので、惨敗で数十まで落ち込んだ勢力は、遠からず空中分解する可能性もある。

「民主党一派」である小沢氏率いるグループは、「脱原発」という手っ取り早く有権者の気を引く政策を掲げ、「卒原発」を主張しクリーンなイメージの嘉田氏を代表として未来の党を結成した。

しかし肝心の原発問題で、嘉田氏の発言はブレブレ。原発再稼働について、「条件次第で一部稼動を認める」という発言をしてみたものの、すぐに「(再稼動は)針の穴に糸を通すぐらいの大変難しい条件がたくさんある。困難だし、必要性もない」といきなり方向転換。このような人物に原発問題を任せられないと、多くの有権者はすぐに悟ったことだろう。

しかもその他の公約についても、子ども手当、税を財源とする年金、増税反対など、まるで2009年の民主党マニフェストの焼き直し。一度騙されている有権者がそんな付け焼刃の公約を信用するはずがない。

このような子供騙しは通用するはずがないと、小沢氏なら分かっていると思うのだが。時間が足りなかったのか、まだ国民をバカにしているのか、それとも焼きが回ったのか。いずれにせよ、上記予想議席数程度しか獲得できなければ、約20年の間政界を引っ掻き回してきた小沢氏の政治生命は間違いなく終わる。

そうした「敵失」という要素は大きいものの、安倍総裁率いる自民党が政権を奪還するのは決定的だ。安倍自民党が掲げたスローガンは、「日本を、取り戻す。」。広告業界で仕事をしていた僕としては、「、」と「。」のつけ方がいかにも広告代理店の「作品」っぽいのがよく分かる…。

ともあれ、近く発足するであろう安倍内閣に、本当の意味で日本を取り戻してほしいと思う。それは、民主党の悪政からまともな政治を取り戻す、という意味だけに止まらない。前回の記事、「"We are all just prisoners here, of our own device." ‐今改めて考える「戦後レジームからの脱却」‐」で議論したように、戦後日本の「規範」を見直し、新たなこの国の出発というくらい大きなスケールでの「日本を取り戻す」ということだ。

安倍自民党の公約には、野党各党が様々な非難を浴びせている。特に憲法改正、国防軍に関しては、今どきそんな表現ってあり?と思う、「軍靴の音が聞こえる」というような極左的言説の学者、一般ブロガーを頻繁に見受ける。憲法、あるいは安全保障の議論を深めようとすると、少なからずそのような短絡的な発想、あるいは扇動をする輩が多数存在すること自体が、日本国にとって大きな問題だと思うのだが。

以下の、本日付朝日新聞デジタルに掲載されたチャートをご参照いただきたい。

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これをご覧いただくとよく分かるのは、先のmsn産経ニュースによる予想議席数と、この図とが見事に比例しているということである。

つまり、左側青色のアジア重視(中韓迎合)路線の政党は、衰退、あるいは党存亡の危機が予測され、右側赤色の政党はほとんどが躍進と伝えられているということである。

何が言いたいかというと、左派的思想を持った民主党の議員、そして共産党、社民党といった、中韓にシンパシーを持った連中は、もう日本の有権者には支持されていない。中露韓から、あれほど屈辱的な「攻撃」を受けることをよしとする政治家など、今の日本人は必要としていないということだ。

左翼メディア・学者などはそれをもって、日本が「右傾化」していると言うだろう。しかしそれは全く見当違いの指摘だ。戦後、そうした連中、あるいは日教組などによって「自虐史観」を刷り込まれた日本人がようやく目覚めた。それが真っ当な認識だ。

戦前・戦中の日本の行動は必ずしも正当化できないかもしれない。だからといって、その時代の日本を何故全否定する必要があるのか。何故、アンフェアな中韓の主張を唯々諾々と受け入れなければならないのか。

民主党政権が腑抜けだったがゆえ、日本人はようやくそうした素朴な疑問を抱き、それはフェアではないと気付いたのだ。それが、民主党一派の左翼勢力、共産党、社民党の衰退予測へと繋がっているし、ほぼそういう結果になるだろう。

本日付の朝日新聞デジタルが、見出しだけは勇ましく「活気づく『脱原発』政党、自民は沈黙 敦賀廃炉の公算大」と報じている。何かもの悲しさすら感じる。左翼メディア首領、朝日が今さらどう喚こうが、上述のような時代の流れを変えることは決してできない。まぁ、滅び行く左翼の最後の悪あがきとして、温かく見守ろうではないか。

最後に、上記予測はあくまで昨日までの情報に基づいてのものである。状況が劇的に変わる可能性はゼロではないし、多少の数字の上下はあるだろう。しかし、どのような謀略家がどのような権謀術数を講じようとも、大きな流れは決して止められない。

今の日本において、守旧勢力を、「天の時、地の利、人の和」が利することは決してない。

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さらば民主党 一バカ有権者の回想 Part 3 ‐外交無策で財務省のパペット 「嘘つき」になりたくなかった野田首相‐
"We are all just prisoners here, of our own device." ‐今改めて考える「戦後レジームからの脱却」‐


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2012年12月 9日 (日)

"We are all just prisoners here, of our own device." ‐今改めて考える「戦後レジームからの脱却」‐

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(写真はWikipediaより)


少し長めの記事ですが、しばしお付き合いいただければ幸いです。

総選挙の投票日まであと1週間。10を超える政党の党首が集まるテレビ番組での討論を見ていると、建設的な議論はほとんどなく、互いに互いを批判し合う場と化している。また、人の話を聞かずに不規則発言を繰り返す政治家もおり、討論というよりは「雑音」という表現の方が相応しいかもしれない。司会役のキャスターが政治家たちを制御し、何とか討論のかたちにしようとする努力ばかりが目につく。正直、こんなものを見てどの政党を支持するのか判断することなど不可能だろう。

話は大きく変わるが、今日、のんびり昔の洋楽を聴いていた。その中の一曲、the Eaglesの'Hotel California'。その哀愁を帯びたメロディと不思議な歌詞が魅力的で、昔から大好きな曲のひとつだ。この曲の歌詞の一節に、哲学的と言っていいのか、ずっと気になっている部分がある。

"We are all just prisoners here, of our own device."

和訳は、「しょせんみんなここの囚人だ、自分の意思で囚われた」。政治のことばかり考えているせいか、ついこの歌詞も政治との関連で解釈してしまう。今日僕が思ったのは、有権者は自分の投票行動によって政治に参画してきたが、その行動の結果出来上がったこの(ある意味思いがけない)社会に囚われている囚人のようなものではないのか、ということ。

つまり、今の政治に満足している有権者はかなり少ないと思われる。しかしそれは公正な選挙の結果。自分が意図した、あるいは期待した通りの政治が行われなかったとしても、結局その原因は自分たち(マジョリティ)の投票行動の結果である。この状況が、僕には、「自分の意志で囚われた囚人」のように思える。

もっと広い視点から議論すると、戦後日本は基本的には「軽武装・経済重視」で、世界史的にも驚異的な成長を遂げた。しかしそのプロセスにおいて、官僚主導、財界重視、バラマキ的箱物行政などの体制が既得権益として定着した。右肩上がりに成長を続けた高度経済成長時代には、そうした弊害が顕在化することはなかった。しかしバブルが崩壊し、幾度もの経済危機を経て、そうした戦後日本に定着したシステムが機能不全に陥っているということが、一般国民にも分かってきた。

しかし、そうした問題点を理解しつつも、「囚人」である有権者は、過去の意識と決別することができずに新世紀を迎えた。

そして2009年の総選挙。有権者のマジョリティ(僕も含めて)は、大した戦略もなく、突如大きなサイド・チェンジを選択した。しかし、残念ながらそのパスはあっさり敵に奪われ、大量失点を喫し大敗した。その後始末、そして今後どのようにチームを立て直していくのか問われているのが、今回の総選挙であると思う。

2009年の選挙において、有権者が易々と民主党に騙されてしまった大きな原因は、ひとつは、「腐った自民党政権を変えるには、一度は政権交代を行うしかない」という、良く言えば改革意識、悪く言えば未知のものへの楽観主義的に過ぎる期待であったと思う。

もうひとつは、民主党のマニフェストに並べられた「美味しい」政策の数々。工程表と共に示されたそれらの政策は、様々な有権者に対して相当な「引力」があったと推察される。不安視された財源についても、埋蔵金や無駄の削減で何とかなると説明されていたのだから。

今振り返れば、僕のようなバカな有権者でも容易に理解できるが、結局、民主党のマニフェストは「詐欺(的?)」であった。

そうした「詐欺的行為」、「詭弁」を弄してきた民主党始め、野党各党が街頭演説、テレビ討論などで頻繁に主張しているのが、「自民党に投票することは、時計の針を逆回転させる」という主旨のことである。

彼らが悪だと主張する「古い政治」は、ひとり自民党だけの責任において行われたものなのだろうか?その責任が追及されるのであれば、仮に自民党が「主犯」だとしても、当時の野党、メディア、そして有権者もまた、「共犯」として非難されるべきだろう。

旧社会党始め当時の野党には、55年体制の下、表では自民を糾弾する勢力と見せかけながら、裏では自民党と「談合」し、自民党の政策を黙認してきた責任がある。

メディアは、弱者目線、勧善懲悪的な主張をしつつも、実際のところ自民党のサポーターだった。こんなエピソードがある。ある新任の政治部の記者が派閥の領袖に挨拶に行ったところ、ある人物が出てきて「おお、よく来た」とばかりに色々説明してくれた。記者は、その人物がその派閥に属する政治家だと思い込んでいたところ、実はその派閥の古株の番記者だったという。現在はそれほど露骨ではないにしても、それほど政治家と政治記者とは密接な関係にあった。読売の渡邉恒雄氏などは、政治家との「密着」によってのし上がった記者の代表である。

最後に有権者。上述のとおり、かつては(そして今もある程度は)メディアが政治家の「しもべ」であったがゆえ、有権者が投票行動を起こすに際して、十分な情報が与えられなかったことも事実であり、その意味では、有権者は権力側にミスリードされていたという側面は否定できない。しかしながら、主権者としての自覚を持ち、もっと自分自身で勉強する力、そしてメディア・リテラシーがあれば、現在の日本はもう少し違う姿であったかもしれない。そう考えると、「結果責任」という意味で、有権者にも責任の一端があることは間違いない。

ここまで日本の政治を「回顧」してきたが、では今回の総選挙をどのように考えればいいのだろうか。

個人的には、例えば自民党安倍晋三総裁が唱えた、「戦後レジームの脱却」という「理念」がポイントだと考える。「戦後レジーム」の定義はそれぞれだと思う。左翼は、戦後日本の在り方を否定し、戦前の思想へと回帰するものだと解釈している。しかし、それは完全に「為にする」議論であって、本質を突いてはいない。

経済・財政、行政、教育の構造改革、そして安全保障体制の見直しなど、戦後日本の「規範」となっていたものを一から見直し、時代に合った憲法改正を行うことなどにより、今後の日本の基礎となるべき体制を確立するものと、僕は理解している。

脱原発、TPP、消費増税など個々の政策に関しての各政党のスタンスも、それはそれで重要なものであろうし、メディアは、例え言うだけであっても、より具体的な中身を述べよと各政党に迫る。

しかし、いずれのテーマも、状況次第で展開が変わる、言わば相対的なものである。それを「工程表」などと細かい点について現時点において議論しても、ほとんど無意味であると言わざるを得ない。

それよりも重要なことは、どの政党がどのような国家観、理念を持っているのかという点だと考える。

僕が尊敬するブロガー、Ayakikki氏は、その記事「◇【総選挙の視線】第3極の「大同」と「小異」とは?」において、この点について興味深い議論をしている。

「TV等のニュースを見る限り、『今回の選挙の争点』を『各政党間の政策の違い』にフォーカスして報道していますよね。石原流に言えば、それは『小異』に過ぎないのです」。「正しくは『大同』の方に目を向けないと、彼らの『争点』は理解できません」。

彼曰く、未来の党は別として、維新、みんなの党は「中央集権の官僚統治体制」に反対している政治家達という点において、大同団結できるわけで、それは「小異」よりも重要なポイントだ、ということ。

この主張には全く同感で、その点において、自民党安倍総裁の「戦後レジームの脱却」も共通性があると考える。


個々の政策の違いも、もちろん投票行動を起こすうえで重要な要素であることは間違いない。しかし、共通の理念なしに集まった集団が、見栄えのいい政策を主張することなど全く信用ならないということは、我々は民主党政権で経験したはずだ。今回の総選挙でもそのような見地から政党を選択すると、民主党政権の二の舞になることは容易に想像できる。

上述のように、個々の政策はその時の状況において大きく左右され、最悪は抹殺されることもあり得る。そのような不安定なものよりは、どの政党がどのような国家観、理念を持っているのかということこそ、我々が重視すべきポイントではないだろうか。

上述の'Hotel California'の中の一節にこういうものもある。

"We are programmed to receive. You can checkout any time you like, but you can never leave."(受け入れるのが運命なんだ。好きなときにチェックアウトはできるけど、決して立ち去ることは出来ないんだ)

Hotel Californiaでのルールはそうなのかもしれない。しかし民主主義国家の有権者である我々は、その投票行動によって、愚かな政策の受け入れを拒否することができることはもちろん、それらからはいつでもチェックアウトできる。また、ダメな政権からはいつでも立ち去ることができる。

個々人の一票は小さいものだが、多くの有権者が理想とし得る「理念」を共有できれば、国の針路を変えることは十分可能だ。どの「針路」が最も最大多数を幸福にするのかを思慮し、その上で選挙権を行使することにより、堂々と目指すべき針路への意思表示をしましょう!選挙はもうすぐです!!


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2012年12月 7日 (金)

安倍総裁は日本のJFKか? ‐メディアを制する者が選挙を制す‐

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(写真はWikipediaより)


拙ブログでは、「自民党安倍総裁の効果的SNS活用術 -絡んできた仙谷氏を撃退などなど- 」、「安倍総裁 印象操作問題でTBSに完勝! -露呈した大手メディアによる政治報道のアナクロニズム- 」などの記事で、安倍晋三自民党総裁が、いかにSNSという新しいメディアをうまく活用しているかについて議論してきた。

安倍氏のニューメディア活用の卓越性を見ると、どうしても思い出されるのが、ジョン・F・ケネディ(JFK)が、当時のニューメディアであったテレビを活用し、それによって合衆国大統領の地位を手にしたという歴史的事実。

「ケネディはテレビの寵児だった。テレビの生んだ最初の政治的なスーパースターといってよい。この青年政治家のおかげでテレビは発展し、テレビによって彼もまた偉大となる。両者は、互いのために生まれ、互いに利用し合ったのだ。ケネディが大統領になったため、テレビを持ち、番組を見ることが政治的に必須な行為となった。政治の力学は、もろもろの権力機構から大統領府へと移り、テレビは権力の中枢へ根を下ろす」。

これはベトナム戦争報道でピューリッツァー賞を受賞した、アメリカの最も著名なジャーナリストの一人、デイビッド・ハルバースタム(David Halberstam)が、その著書「メディアの権力(The Powers That Be)」の中に記した言葉である。

1960年に史上初めて行われた大統領候補同士によるテレビ討論会が、選挙の趨勢を大きく変えたのだ。

この選挙は、ドワイト・アイゼンハワー(Dwight Eisenhower)大統領の下で副大統領であったリチャード・ニクソン(Richard Nixon)と、ほぼ無名の若き上院議員JFKが争った大統領選挙。

前評判では、ニクソンが圧勝してもおかしくないという状況だった。一方JFKはテレビという当時のニューメディアを駆使し、その魅力を有権者に訴えた。その戦略が最大限の効果を発揮したのが、大統領候補者同士のテレビ討論であった。

それ以前の大統領選は、共和・民主それぞれの政党のボスが全てを仕切り、直接選挙による大統領選挙であったとしても、そうした守旧派の意志が選挙に大きく影響を与えていた。しかし、JFKはそうした「密室」での政治操作を、テレビというメディアを使うことによって、一般市民に開いた。

この討論での両陣営、あるいは両候補者の意識が、この大統領選挙の結果を決めたといえる。テレビの、メディアとしての有益性、恐ろしさを理解していなかったニクソンは、選挙運動で疲れ、疲労した青白い顔でテレビ画面に平気で登場した。

一方ケネディ陣営は、適度に日焼けし、気力に満ちたケネディの長所を十分に見せつけることに成功し、「この国を変えることができる若々しいリーダー」とのイメージを視聴者に植えつけることができた。

メディアとしてのテレビの重要性を十分理解していたケネディ。一方、昔ながらの手法で、ケネディのような「小僧」をやっつけることが可能だと考えていたニクソン陣営。時代の流れ、そしてその時代を象徴するメディアの重要性を認識できていたのか、いなかったのか。それがこの大統領選挙の行方を左右した。

メディアなど糞みたいなものだと、多くの政治家は思っていることだろう。実際、奴らが'shit'であることは間違いない。しかしながら、そんなくだらない連中であっても選挙に影響を与える存在である以上、それをうまく使わなければならない。

安倍氏の話に戻ると、僕はメディア戦略の専門家であるので、ものすごく不思議に思うのは、何故多くの政治家が安倍氏のように、SNSなどのメディアを有効に使えていないのかということ。それほど高度なスキルが無くとも、いくらでもSNSを使ったメディア戦略を行えるにもかかわらず、それをやらないのは何故か?率直に言えば、政治家の周りに集まっている連中など、何のスペシャリティもなく、無駄に「集合」しているだけなのかなぁと思わざるを得ない。

特別なことはできなくても支持する政治家のために、何かしようとボランティアで集まる方々。それはそれで素晴らしいと思う。ただ、そうした方々の気持ちを無駄にしないためにも、「選挙参謀」は緻密な戦略に基づいた行動を行うべく組織を動かす義務があると思う。

1950年代に当時のニューメディアであったテレビを最大限活用し、合衆国大統領の地位を得たJFK。そして現在、2010年代、そのテレビすら過去のメディアになりつつある状況で、SNSという新しいメディアを駆使し、国民とインタラクティブな議論をしている安倍総裁。僕にはその二人が重なって見える。

JFKは暗殺によって、彼が理想としていた社会を構築することはできなかった。一方、安倍氏は命ある限り、いくらでも彼が理想とする日本国を構築するチャンスが残されている。そうである以上、安倍氏には向う傷やくだらない批判をを恐れず、自身が理想とすべき政策を実現し、後悔なきよう様々な施策を実行していただきたいと思う。

短期的には様々な批判もあるだろう。支持率も高くはならないかもしれない。しかし、あなたが本当に信念を持った政治家であるならば、そんな些末なことは気にせず、あなたが日本国のためと思うことを存分に成し遂げてほしい。その評価は、後世の歴史家がその立場に応じて、好き勝手に議論してくれるだろう。

安倍さん、あなたが十分覚悟しているのはよく分かっているので、思うがまま自身の哲学に沿って、遠慮することなく日本国のためにベストと思うことをガンガン前に進めていただきたい。それは、決してこの国にとって、あるいは国民にとってマイナスとなることはない。何故なら、あなたがこの国を心から愛している数少ない政治家であるということは、分かる人間にはよく分かっているのだから。

Do and achieve it, Abe-san. We are going to always support you!!

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2012年12月 5日 (水)

さらば民主党 一バカ有権者の回想 Part 3 ‐外交無策で財務省のパペット 「嘘つき」になりたくなかった野田首相‐

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(写真は朝日新聞より)


「定数削減の決断をいただけるなら、今週末の16日に解散してもいいと思っている。16日に解散をします。やりましょう!」。11月14日、安倍晋三自民党総裁との党首討論でこう発言した時の野田佳彦首相は、決然とした口調、堂々たる態度で、初めて内閣総理大臣らしく見えた。

鳩山、菅内閣が次々と無残に退陣した後、2011年9月2日、野田内閣が成立した。前二者があまりにお粗末であったため、それとの比較において、野田氏は民主党政権においては「最高」の首相だったと思われる。

野田氏の最大の功績、一方では最悪の公約破り、と両極端の評価を受けるのが消費税増税。自公と協力し、「決められる政治」を模索した姿勢は、「リアリスト」と評される野田氏の面目躍如たるものがある。

消費税はいつか上げなければならないということは、多くの有権者にとって受け入れざるを得ない事実であった。しかし、2009年の総選挙において、民主党は、消費税を上げる際は国民の審判を仰ぐとしていた事実を考えると、次々に後退していった同党のマニフェストを完全に崩壊させる最後の一撃であったとも言える。

また、「税と社会保障の一体改革」と言いつつ、社会保障は置き去りにし、かつ公務員制度改革、議員定数是正など行政・立法側が痛みを伴うことなく、増税のみを先行させたことが、多くの有権者の怒りを買ったことも事実だろう。

野田氏が何故批判を覚悟で、増税路線を突っ走ったのかと言えば、自身の信念もあったのだろうが、結局のところ財務省に「籠絡」されたということだろう。

2009年の総選挙前・選挙中の野田氏はまだ「まとも」で、僕が当時政府に望んでいたことを力強く主張してくれていた。

「25000人の国家公務員OBが、4500の法人に天下りをし、その4500法人に12兆円1000億円の血税が流れていることがわかりました。これだけの税金に一言で言えばシロアリが群がっている構図があるんです。そのシロアリを退治して、働きアリの政治を実現しなければならないのです」と、天下りと官僚利権の撲滅を主張。

また、「シロアリを退治して、天下り法人をなくして、天下りをなくす。そこから始めなければ、消費税を引き上げる話はおかしいんです。徹底して税金の無駄遣いをなくしていく。それが民主党の考え方であります」というように、増税の前に徹底して無駄遣いをなくすということを明確にしていた。(上記発言は、いずれもWikipedia参照)。

そうした、当時僕にとっての期待の星であった野田氏が、どうして変節してしまったのか?野田氏は、鳩山・菅両政権で財務副大臣、財務大臣を務めた。この時期に相当官僚に「洗脳」されたこと。そして自分たちの力では、官僚組織には到底太刀打ちできないことを思い知ったのだろう。また、官僚に対する「信頼感」が芽生え、彼らの言うとおりにしておけば政治的に損はないという、「リアリスト」野田佳彦としての判断もあったのかもしれない。

野田内閣においては、領土問題の顕在化も著しかった。まずは今年7月3日のロシアのメドベージェフ首相による国後島訪問。これに対しては、日本は申し訳程度の抗議を行ったに過ぎない。北方領土を不法占拠されている状況の中、問題を解決する意欲などない民主党政権の対応としては「順当」なところだろう。

そして8月10日、韓国の李明博大統領が、在任中の大統領としては初めて竹島を訪問。引き続き8月14日には、「天皇が韓国に来たければ独立運動家に謝罪せよ」と発言。自身の金銭スキャンダルなどによる支持率低迷を打開するための、この愚かな人物による侮辱的な言動に対しての野田内閣の対応は、まさに民主党らしさ全開だった。

当初は竹島の領有権について、国際司法裁判所への単独提訴も辞さず、といった姿勢も見せたが、今に至るまで何の動きもない。結局、日韓通貨スワップ協定の、時限措置終了による引出限度減額、そして韓国国債の購入を当面見送った程度の対抗措置しかとっていない。在日に参政権を与えようとするような政党の対応としては、これが精一杯だったのだろう。

さらには、尖閣諸島国有化とそれに抗議した中国の暴動。在中の日本企業が破壊・略奪され、日本人が暴行を加えられたにも関わらず全く打つ手なし。

こうした中露韓による日本を完全に舐めきった行動は、結局は日米同盟を不安定化させた民主党政権自身が招いたもの。袴田茂樹氏による「日本の政権はきわめて脆弱で、日本をコケにしても実質的反撃は何もできないと踏んでいるのだ。日本の政府が無力であることは、叩くにはきわめて好都合である」という発言が全てを物語っている(日経ビジネスONLINEより)。野田氏一人の責任ではもちろんないが、一首相の下でこれほど外国から「攻撃」を受けたのは、日本政治史上、空前絶後であろうと考える。

他にも野田内閣では、復興予算流用、TPPへの中途半端な姿勢、無能な人物の閣僚への起用など様々な問題があったことを追記しておく。

野田内閣を総括すると、それはそのまま民主党政権の未熟さへと繋がる。彼らの一番の問題点は、結局は官僚の大きな壁を乗り越えられなかったこと。それに尽きる。また、外交に関して全くの無策。日米同盟を基軸とした北東アジアでの戦略を全く持ち合わせていなかった。

バカな有権者の最終的なコメントとしては、「民主党に政権担当能力はなかった」ということになろう。

最後に野田氏個人に関して。彼はギリギリのところで衆議院解散を決断し、「嘘つき」のレッテルを貼られることを逃れた。しかしその決断すら、以前の記事「自民党安倍総裁の二つの顔 -守旧派か真の改革者か?-
」で議論させていただいたように、財務官僚の振り付けであった可能性がある。

しかし解散を先延ばししていれば、野田氏には永遠に「嘘つき」という枕詞がついたであろうことを考えると、政治家としては正しい決断をしたと思う。でなければ彼の政治生命は終わっていただろう。鳩山元首相を追い出すなど、民主党を「純化」させようとしている野田氏には、首相にはなれないにせよ、近い将来また何らかのチャンスが巡ってくるかもしれない。

首相として、財務大臣として、今回民主党政権で経験したことを踏まえ、官僚のパペットではなく、その壁を乗り越えて前へ進むことができれば、野田氏の「再登板」もないとは言えない。人間万事塞翁が馬、そして川島正次郎元自民党副総裁が語ったように、「政界一寸先は闇」なのだから。
(この章完)

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さらば民主党 一バカ有権者の回想 Part 2 ‐日本を「破壊」した陰湿左翼政権 菅内閣そして仙谷官房長官‐

去り行く民主党‐マニフェスト政治の破壊者へ‐


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2012年12月 3日 (月)

さらば民主党 一バカ有権者の回想 Part 2 ‐日本を「破壊」した陰湿左翼政権 菅内閣そして仙谷官房長官‐

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(写真は朝日新聞より)

政治家の主張を確認するため、様々な政治家のコメントをツイッターで拝見している。民主党で印象的なのは、福山哲郎前官房副長官が、「民主党政権で変わってきたこと」と題して、こまめに民主党政権の実績をアピールしていること。

氏が根気よく訴えている「成果」はそのとおりなのだろうと考える。僕らが気付かない小さなことで、民主党政権が成し遂げた業績もあるということは理解する。しかし、その「功績」を打ち消すに十分な政権運営が行われたことも、また事実であろう。

昨日の記事、「さらば民主党 一バカ有権者の回想 Part 1 ‐欺瞞と虚言 鳩山政権の超無能ツートップ鳩山と平野‐」において批判させていただいた鳩山政権崩壊後、菅直人氏が首相となった。官房長官は仙谷由人氏。菅政権成立時、安倍晋三現自民党総裁は、「史上まれにみる陰湿な左翼政権」と称していた。その当時は僕の認識不足ゆえ、安倍氏の評価についてあまりピンとこなかったが、次第に安倍氏の発言の正しさを理解することができた。

正直なところ、菅氏に関しては、日本人拉致に関わった北朝鮮スパイ・辛光洙を含む在日韓国人政治犯釈放の要望書に署名していたことは知っていたので、いわゆる「左翼」だと理解してはいたが、仙谷氏についてはそれほど知識がなかったので、安倍氏の発言について、むしろ「言い過ぎでは」と考えていた。しかし、左翼政治家の巨頭、菅氏と仙谷氏が中心となり内閣を構成することにより、日本はとてつもない「左翼支配」の状況に置かれていたことを後に理解した。

菅政権時代の最も大きな出来事は、もちろん東日本大震災。この未曾有の災害、及びそれに伴う原発事故への菅政権の対応については様々な批判がある。確かに菅内閣が至らなかった点は多々あったと思う。しかし、これほどの災害が起こった場合、誰が首相であったとしても、混乱することは必至だと考える。その点では、一概に菅内閣を批判することはできない。


ただ、菅氏のマネジメントが疑問視され、菅おろしの動きが起こると、「一定のめどがつくまで」退陣はしないとし、事実上死に体の政権の延命を図り、およそ3カ月もの間、機能不全ともいえる内閣を無駄に維持し続けたことは、それが復興の遅滞を招いたという観点から、日本国にとって大きなダメージであったと考える。

僕が考える菅政権の一番の問題点は、第一次菅内閣で官房長官を務めた仙谷氏。首相以上の力を持ち、政権の様々な決定に関与し、結局この国に何のプラスももたらさなかった民主党の「実力者」。この人物抜きに菅政権について語ることはできない。

仙谷氏の最悪の行動は、少しは政治に興味を持っている方であれば理解されているように、「尖閣諸島中国漁船衝突事件」における対応。この時、氏が中心となって行った愚策は、中国に誤ったメッセージを与え、現在進行形で続いている、いわゆる尖閣問題に大きく影響を与えている。

2010年9月7日、巡視船「みずき」が、中国籍の不審船を発見し日本領海からの退去を命じたが、それを無視して漁船は違法操業を続行、逃走時に巡視船「よなくに」と「みずき」に衝突し2隻を破損させた。海上保安庁は同漁船の船長を公務執行妨害で逮捕し、9日に船長は那覇地方検察庁石垣支部に送検された。

当初、菅氏も当時外相であった前原誠司氏も、「国内法で粛々と判断する」としていた。しかし那覇地検は、「わが国国民への影響や、今後の日中関係を考慮して、船長を処分保留で釈放する」と発表し、それを実行した。これについて仙谷氏は、船長の釈放は検察独自の判断でなされたと述べ、容認する姿勢を明らかにした。

当時政府は、「検察独自の判断」ということを強調していたが、検察単独で「日中関係を考慮」することなどあり得ない。政府の指示による釈放だったことは間違いない。万一検察が独自に判断したのであれば、越権行為も甚だしく、その在り方を政府は激しく糾弾すべきであっただろう。今となっては、仙谷氏がシナリオを書き、その振り付け通りに検察始め関係各所が動いたことは明らかだが、これによって、日本政府の弱腰ぶりを中国側に印象付けたことは間違いない。一左翼政治家の独断によって、日本の外交が「破壊」された出来事だった。

これ以外にも、「実力者」仙谷氏はあり得ない言動には事欠かない。以下、いくつか列挙させていただく。

2009年12月、テレビ番組で「事業仕分けで文化大革命が起こってますよ」と、毛沢東の狂った粛清である文化大革命を肯定的表現として使用。文化大革命がどういうものであったか理解している人間にとっては、それを肯定的に捉えることなどあり得ない。

また、2010年10月、参考人として参議院予算委員会に招致された経済産業省官房付(当時)古賀茂明氏が、民主党政権の公務員制度改革への取り組みを「不十分だ」と批判した際、仙谷氏は「こういう場に呼び出すのは彼の将来を傷つけると思います。優秀な人であるだけに、大変残念に思います」と述べ、古賀氏を「威嚇」。参議院決算委員長、及び参議院予算委員長から異例の厳重注意を受けた。

極めつけは、2010年11月18日の参院予算委員会での「暴力装置でもある自衛隊」発言。日本国民を護ることを使命とし、日々訓練に次ぐ訓練を続けている自衛官の皆さん。日本国の自衛という任務のみならず、東日本大震災始め各種災害派遣で復旧に尽力され、PKOなどにおいても、海外での厳しい環境の中で日本のために全力を尽くしてくれている。そうした自衛隊も、仙谷氏にとっては、机上の論理において「暴力組織」に過ぎないのだ。

この発言については、みんなの党の渡辺喜美氏は、「昔の左翼時代のDNAが図らずも明らかになっちゃったということではないか」と批判し、当時の自民党総裁・谷垣禎一氏は「学生だったころの左翼文献を見ると、『軍隊は暴力装置』とはよくある表現だった」と述べた。

バリバリの左翼が首相と官房長官の座に就いた菅政権。こんな連中が権力を恣にしていたら、尖閣はおろか沖縄すらも中国の脅威に晒され、竹島はもちろん対馬も韓国の領土となる可能性すらあったかもしれない。そうした危機感から、心ならずも民主党に対するネガティブ・キャンペーンを展開させていただいた。

最後に付け加えさせていただければ、人権擁護法案、在日外国人参政権を支持する政党に投票することは、日本を崩壊に導く端緒となり得ると考える。菅氏、仙谷氏の今現在の明確な主張は分からないが、彼らに連なる政治家はそれらを支持する傾向にある。「蟻の一穴」が国家を滅ぼす可能性を低く見積もってはならない。

前回総選挙でバカな有権者として民主党に投票し、左翼政権の恐ろしさを十分に認識した今、民主党だけではなくそれに類する政党に投票しようと考えている方々にはよく考えていただきたい。

左翼メディア・政党などは、安倍氏、石原氏、橋下氏などを「右翼政治家」とカテゴライズし、彼らがリーダーになると即、軍国主義が復活するような主張をする。彼らは日本国を堂々と護ろうと主張しているだけで、戦争など望んでいない。彼らの「危険性」に比べれば、日本を内部から崩壊させようとする左翼連中の思想の方が余程恐ろしい。

安倍氏が語った、「史上まれにみる陰湿な左翼政権」という言葉。民主党政権を見続けた結果、バカな一有権者が導き出した結論は、安倍氏の指摘は的確だった、ということである。

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2012年12月 2日 (日)

さらば民主党 一バカ有権者の回想 Part 1 ‐欺瞞と虚言 鳩山政権の超無能ツートップ鳩山と平野‐

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(写真は日本テレビの映像より)


総選挙の公示日が近付き、テレビなどでは連日党首討論が開催、報道されている。各党による合従連衡もようやく落ち着き、いよいよ選挙本番を迎える。

解散が決まって以降、民主党の野田首相は対自民を意識して、街頭演説などで連日、「政治が前に進むのか、後ろに戻るのかが問われる選挙だ」と聴衆に訴えかける。それを聞くと、前回の総選挙でまんまと民主党に騙されて投票した有権者としては、「ふざけるな」という思いを強くする。

民主党政権では一切の前進はなく、様々な面で日本の政治は大きく毀損され、後退した。「後ろに戻る」という表現は前進した場合に使われる表現であり、日本をこのような惨憺たる状況に陥れた民主党が使うのは、日本語としておかしい。それを言うなら、最低限、自民党政権時代のレベルへ回帰するという意味で、「前に戻る」だろう。

2009年の総選挙以前、僕は様々な理由から自民党政権に失望し、日本においても一度は政権交代が必要ではないかと考えていた。官僚による無駄遣いを撲滅することが、日本を立て直すうえで最優先事項だと考えていた僕は、民主党による「根本的に予算を組み替え、徹底的に無駄を排除する」「天下り・渡りの斡旋を全面的に禁止する」という主張に共感した。

官僚が積み上げた既得権益の塊といえる予算をきちんと精査することができれば、財政赤字の削減にも大きく寄与できる。また、同時に無駄な独法などの法人を解体し、天下りなどによる官僚の蓄財に待ったをかけてくれるのだと思い込んだ。今考えれば、全くナイーブだった。

しかし、いきなり最初の鳩山政権で期待は失望へと変わった。「組み替えられる」はずの予算は、無駄に切り込むことなど一切なされず、官僚の提示してきたものに、民主党独自の「バラマキ」が載せられ無駄に膨張。また、日本郵政社長に元大蔵官僚の斎藤次郎氏を起用するなど、選挙前の主張に暗雲が立ち込めてきた。

指摘するまでもないが、鳩山政権の一番の大罪は、普天間基地移設問題。何の戦略も持たず「最低でも県外」という荒唐無稽な主張をし、「腹案がある」などと思わせぶりに語ったものの、結局、原案である自民党政権時代の辺野古移設でアメリカと合意するという迷走ぶりで、沖縄県民を大きく失望させた。

鳩山政権の普天間基地政策は、沖縄県民を失望させただけにとどまらない。2009年11月、オバマ米大統領に対して何の根拠もなく、"Trust me"と早期の解決を約束をしたものの、当然ながら事態は全く進展せず、2010年4月にはオバマ大統領から、「あなたは "Trust me"と言ったではないか」と詰め寄られ、その後のなし崩し的な日米合意へと繋がる。

これだけでも、鳩山政権に対するアメリカの不信感は相当のものだったと推察するが、この御仁は、中国さえ当惑させる、「米国抜き」の東アジア共同体構想を提唱。オバマ政権で国家安全保障会議アジア上級部長だったジェフリー・ベイダー(Jeffrey Bader)氏は彼のこの愚行を 'Strategic Foolishness(戦略的愚劣)'と表現し、当時の日米関係の最大の懸念だったと指摘している(msn産経ニュース)。

鳩山氏が日米関係を大きく毀損したということに関して、多くの方は普天間基地移転に関連してと考えておられると思うが、この東アジア共同体構想こそ、アメリカはもちろん、アジア諸国、そして日米関係を混乱させたいと考えている中国をも驚愕させた、「傾国の愚策」であったということを押さえておいていただきたい。

鳩山政権が日本政治史上最悪の政権であったと理解していただくには、上述の事柄だけでも十分だと思うが、国民への不誠実さという観点から、最後にさらにひとつ付け加えたい。

それは、官房機密費に関する姿勢。民主党は野党時代は、官房機密費流用防止法案を国会に提出するなど、その使途の透明性確保を声高に主張していた。ところが政権を取るやいなや豹変。

鳩山政権の平野博文官房長官は、就任直後の記者会見で、官房機密費に関して記者から質問を受けた。その際、「そんなものがあるんですか。全く承知しておりません」と語った。

結局その後、機密費の存在を認め、「報償費という性格上、少なくとも相手があることだし、オープンにしていくことは考えていない。私が責任をもって適切に判断しながら対処する。発表は差し控えたい」とした。その必要性に関しては、「内閣・政府にとって重要な情報収集、その情報収集に対する対価」としたうえで、透明性の確保については「私をご信頼いただきたい」…。

官房機密費(報償費)の存在自体を承知しないという、素人にさえ通用しない嘘を平気でつく人物に、「私を信頼しろ」と言われて納得するバカがどこの世界にいるというのか。少し汚い言葉を使わせていただく。こいつ平野は、仙谷と並んで僕が絶対に許せない民主党政治家のワースト2だ。次回以降議論するが、鳩山・菅政権においては、首相もさることながら、官房長官の国民に対する不誠実さが許しがたいレベルにあったと確信している。

詰まるところ、政権交代を果たした後、初の民主党政権における、鳩山という首相と平野という官房長官。野球のバッテリーにも例えられる、内閣の要であるこの最重要ポジションを占めた二人の民主党政治家の虚言と欺瞞。これが民主党という政党を如実に語っていたのであろう。

そんな鳩山氏が総理の職を辞する際、述べた言葉。「国民が聞く耳を持たなくなった」。虚言に聞く耳を持てというのは無理な話だろう。また、「総理大臣まで極めた人がその後、影響力を行使することが政治の混乱を招いている。総理大臣を経験した者は政界に影響力を残すべきでない」とし、政界引退を明言したものの、すぐに撤回。

しかし今回の総選挙に際して、民主党からの公認を得ることが難しくなり、選挙区事情も厳しいことから、再度引退を表明。しかし未来の党ができると、また出馬に色気を見せ始める…。まぁ、もう勝手にしてくれ。こんなバカに投票する連中はそれ以上のバカだろうが、どの世界においても一定数のバカは存在するので、もうどうでもいい。ひとつだけ言いたいことは、メディアに対して、こんなどうでもいい人間を報道するのはもう止めてほしいということ。以上!

バカな有権者であった自分を棚に上げて色々議論させていただいたが、最後にまとめとして。困った時には虚言を弄し、国民を欺くことに何のためらいもない。それが民主党の正体であるということを露わにしてくれた。それが鳩山政権の最大の功績だろう。

最後にもう一言だけ付け加えさせていただけるのなら、「鳩山、平野、お前らの面はもう見たくない。国政の場から消えろ!」。裏切られた有権者として、いつもより荒れ気味の発言、ご容赦ください。
(この章続く)

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