« 2012年10月 | トップページ | 2012年12月 »

2012年11月

2012年11月30日 (金)

政治家、官僚、そしてメディアの役割 ‐納得!維新・橋下代表代行 かく語りき‐

Tky201211290670
(写真は朝日新聞より)


昨日(11月29日)、日本維新の会の石原慎太郎代表と橋下徹代表代行が記者会見で衆議院選挙での政権公約を発表した(昨日付YOMIURI ONLINE)。

メディアは色々なスタンスで報道していたが、百聞は一見に如かず。その会見の一部始終をYouTubeで確認してみた。維新の公約についての是非、石原氏、橋下氏の発言への賛否は色々だと思うが、僕は橋下氏が率直に語っていた、政治家、官僚、そしてメディアそれぞれの役割についての主張が非常に印象に残った。

以下に橋下氏の主張を簡潔にまとめてみる(分かり易くするために、僕自身の言葉も付け加えさせてもらっています)。


政治家の役割は大きな方向性を示すこと。その方向性を選挙で判断してもらい、支持されれば、それに基づいて官僚にそれを達成するための具体的なプランを練らせる。そして、いくつか出されたブランのメリットデメリットを勘案し、最終的にどのプランで行くのかを決定する。それが政治家の仕事。

政治家には、具体的な工程表など作ることはできない。細かな事柄についてプランニングし、詳細な設計図を作るのは官僚の仕事。政治家の仕事は、官僚が金科玉条の如く唱える「継続性」、「一貫性」を大きく変えるような判断を示すこと。そういう意味で「脱官僚」などという考え方はナンセンス。要は役割分担の問題。

例えば「脱原発」について。福島での原発事故以前は、53%まで原発依存比率を高める、というのが政府のエネルギー計画であった。政治の役割は、事故を受けて、その方針を継続するのか、あるいは変更するのか決断すること。それ以上の具体的なことを政治家に求めるのはナンセンス。

どの政党も、これまでの判断を変えていこうという考え方では同じ。ただ、官僚、そして原発の専門家等による議論なしに、10年後、あるいは20年後に原発をゼロにするなどと言うことはできないし、それを政治家に求めることも意味がない。まずは専門家による議論を聞いたうえで、政治家がどうするのか判断すべき。

政治家が細かいことを決断することはできないが、その重要な役割は仕組み作り。何故なら、制度をいじることができるのは唯一政治家のみであるから。

そうした役割分担を理解せず、メディアはやたらに工程表はどうなっているのかなど細かいことを政治家に求め、政治家を役人化させている。工程表を書けというのであればいくらでも書く。しかし、専門家の議論なしに何を書こうが、ナンセンス。

組織を動かすためには、人事権、予算権、組織編成権が重要。こうした権限をリーダーが握らなければ組織は動かない。ところが現状では、人事権は各省庁の官房、予算件は財務省、組織編成権は省庁設置法という法律事項になり、ちょっと組織を動かすだけでも国会での議決が必要となる。こうした権限を内閣に一元化すること。それが全てのスタートだ。



以上、橋下氏の主張の主旨を、損なうことなく多少の補足を加え、分かり易くまとめさせていただいた。

これまでの政治家、特に民主党は、「脱官僚」、「政治主導」などという耳触りのいい言葉で、中身のない統治機構改革を、あたかも実現可能なもののように有権者にアピールしてきた。橋下氏の主張の素晴らしさは、政治家の限界を示しつつ、それが決して無能であるがゆえということではなく、あくまで役割分担として、明確に説明してくれていることにある。

橋下氏の説明をビジネスの世界に当てはめて考えると、より分かり易くなる。つまり、マネジメントの役割は、大きな方向性を示し、それを達成するためにはどうのような方法があるのか。また、その方向性が難しいというのであれば、その理由は何か。それをスタッフに示したうえで議論させ、案を出させる。マネジメントはその案の中から、自らが最善と思えるものを選択し、その方向で動く。そして、(最低限の倫理を持ったマネジメントであれば)その施策が失敗した場合には責任を負う(その倫理を持っていないマネジメントが多いことは悲しいことではあるが)。

さらに、人事、予算、組織、これを左右し得なければ、部下をマネジメントすることなどできない。これは皆さんがマネジメントとしてであれ、スタッフとしてであれ、いつも経験していることだろう。

つまり、政治家と官僚との関係は、マネジメントとスタッフの関係と同じ、あるいは相似している。これはこれまで漠然とそうだろうと思ってきたことであるので、「そんなこと、以前からそう考えていたよ」と思われる方も多いと思う。しかし、橋下氏のようにはっきり政治の世界の状況を伝えてくれた政治家は、(僕が知る限り)皆無であったので、すごく新鮮、かつ率直であると感じた。

僕が現在の官僚制度において絶対許せないのは、無能な人間でも、キャリア官僚だったというだけで、いくつもの独法などを渡りつづけ、ひとつの組織を辞める都度、退職金を受け取るというようなシステム。官僚時代に深い関係にあった民間企業に天下るのも、官民癒着という観点から大きな問題であるとは思うが、給料は企業から払われるわけなので、まぁ、ボンクラに給与を払いたい企業があるのであれば、それはどうぞご勝手にと思う。

しかし、税金による補助を受けている組織に天下って、結果として税金から給与を得るようなシステムは絶対に是認できない。我々の税金が、何故に糞の役にも立たない(失礼)元官僚のために使われなければならないのか。これまで何度も主張し続けているが、僕が官僚の利権撲滅を最重要と位置付ける理由はそこにある。省庁でのポジションなど、僕ら庶民には関係ない。無能はボンクラはボンクラらしく大人しく、質素な老後を送れ!!

失礼、少し熱くなってしまいました。最後にもうひとつ議論したい事柄。この記者会見において、橋下氏も石原氏も、相当既存のメディアを批判している。主旨は、例えば「脱原発」に関して言えば、この政党は即時ゼロ、あの政党は10年でゼロ、というような無責任な報道をするのではなく、メディア自身が調査をし、このようなプロセスであればどのくらいで原発ゼロにできる、というような提言を行うことがあってもいいのではないか、ということ。

その点、個人的な見解を述べさせてもらえれば、日本のメディアは、与太話を書く江戸時代の瓦版と大差ない存在に過ぎない。欧米のメディアでは大きなポジションを占める、'Investigative Reporting(調査報道)'の存在が、日本においてはものすごく小さい。ここで言う調査報道とは、ある事件、あるいはトピックに関して、通常のニュースでは触れられない深い部分にまで突っ込み、表層的な報道では伝えきれない大きな問題を抉り出すというものだ。

政治というものは事件ではないが、個々の事件をターゲットとせずとも、日本の政界自体が大きな「闇」であるので、そこに切り込むメディアがあってもいいのだが…。まぁ、無理ですな、記者クラブで取材対象と「密着」したメディアでは。

案の定、僕がここで議論してきたようなメディア自身の問題はもちろん、橋下氏が語った、政治家と官僚の役割分担についてすら、大手メディアは全く報じていない(見落としがあったら済みません。どこか報じている大手メディアがあったら、是非ご連絡ください)。

こんなメディアを相手にするのは、橋下氏でなくとも嫌悪するであろうし、やるせなさを感じるだろう。色々議論したいことはあるが、メディア論に関しては、今日はここまでにしておく。

まとめとして、繰り返しにはなるが、橋下氏の発言に共感した点。それは、政治家自身が政治家の限界(役割)を語ったこと。そして、それを報道するメディアについて、率直に批判したこと。

このことは、新聞やテレビのニュースを見ているだけでは決して理解できない。メディアは「編集権」を行使して、真実はおろか事実すら伝えていない。今は、多くの記者会見はYouTubeで見ることができるので、是非、政治家の「生」の主張を聞いてほしい。それを見れば、バカな政治家はよりバカに、筋の通った政治家はそのとおりに理解することができる。

「文明の利器」(表現が古いっすね、済みません40代なので)を十分に活用し、是非、政治家の本性を見極めていただきたい。Good Luck!!


↓ワンクリックでご声援いただければ幸いです。
にほんブログ村 政治ブログへ



2012年11月28日 (水)

第三極 対照的な針路 ‐「参集」未来の党と「独歩」みんなの党 そして小沢氏‐

2012112700000095mai0009view  Agenda2010
(写真はそれぞれ左・毎日新聞 右・みんなの党ホーム・ページより)


昨日(11月27日)、第三極で二つの動きがあった。

一つは、滋賀県の嘉田由紀子知事が「卒原発」を旗印に、次期総選挙に向けて「日本未来の党」を結成することを表明し、小沢一郎代表の国民の生活が第一、河村たかし共同代表の減税日本・反TPP・脱原発を実現する党(脱原発)が合流することとなり、みどりの風も前衆議院議員3人が合流することを決めたこと(本日付毎日jp)。

もう一つは、合流協議を続けていた日本維新の会とみんなの党は、みんなの党の渡辺喜美代表が、「選挙のための合流は政治不信を招く」と判断し、合流は見送りとなったこと(昨日付YOMIURI ONLINE)。

それぞれに様々な事情があるとはいえ、複数の政党が参集する未来の党の流れ。それに対し、少なくとも現時点では独自の道を歩むと決めたように思えるみんなの党の決断。いわゆる「第三極」の動きとしては非常に対照的な動きである。

未来の党を立ち上げた嘉田氏は、環境社会学者を経て滋賀県知事となったというバックグラウンドから、いわゆる脱原発に相当の思い入れがあると考えられる。今回の決断も、橋下氏が太陽の党と合流し、脱原発色が薄れたことが大きな要因であると述べている。

嘉田氏を担ぎ出したと言われている小沢氏にとっては、脱原発はあくまで選挙のための方便であり、それほど強い目的意識があるとは到底思えない。脱原発という有権者から受け入れられやすい主張と、嘉田氏のクリーンなイメージを、同じ第三極の維新、あるいは既存政党に対する「札」として使うことにしたのだろう。それは脱原発(党名)も同様であろう。

嘉田氏には彼女なりの計算があるのだとは思うが、僕から見ると(僕だけではなくおそらく多くの人には)、選挙目当ての連中が嘉田氏を利用しているようにしか見えない。「いつか来た道」のように思えるのだが。

例えば、前回総選挙で民主党は「政治主導」を掲げ、国家戦略室を設置し、そこを司令塔として抜本的な予算組み替えを行うとしていた。しかし結果はどうか。最初の予算編成は、当時幹事長であった小沢氏主導で行われ、そこで民主党が主張していた理想はあっけなく崩壊し、マニフェストに掲げた政策もどんどん後退していった。その後、国家戦略室が現実の政治において機能した形跡はほとんどない。

僕は小沢氏を好きでも嫌いでもない。ただ、単純に彼の政治行動だけを見て判断すると、この人は結局、政策の人ではなく政局の人なのだと感じる。政権を取ること自体が目的であって、その先には何もない。昔の彼はしっかりとした国家観と政策を持っていたと思うのだが。今の、権力(彼の場合は自分のというよりは自分の組織のと言えるかもしれない)のみを追求する彼を見ると残念でならない。

かと言って、僕は未来の党を「選挙互助会」と批判するつもりはない。民主主義においては、結局のところ「数こそ力」であることは間違いないので、それを最大化するために小沢氏が全力を尽くすことは当然だ。それを僕自身が支持するかどうかはまた別の問題だが。

一方、みんなの党の維新との合流決裂。これは「アジェンダ」を最重要視する同党としては必然だっただろう。元々の維新が太陽の党と合流し、企業・団体献金を事実上容認し、脱原発で後退。しかも太陽の党=たちあがれ日本の面子を見れば、古い自民党の面々ばかり。行政改革がみんなの党の「1丁目1番地」であることを考えれば、渡辺氏としては石原氏合流後の維新とは、アジェンダが合おうはずもない。加えて、そもそも人間同士として、橋下氏と渡辺氏はそりが合わないようにも見える。

それだけではなく、選挙区での候補者のバッティング、地道に組織を築いてきた同党と取りあえず勢いだけの維新、そして次期参議院選挙以降も見据える渡辺氏に対して、この選挙で最大の議席数を得たいと考える橋下氏。これはもう破談となって当然だろう。

僕はみんなの党にとっては、この決断はプラスだと考える。何よりアジェンダを重視することによって支持者を獲得してきた同党が、今更「風」重視で維新と組めば、同党の存在価値は一気に雲散霧消する。

個人的には、ほとんどの政策でみんなの党の主張に賛同するし、政党としては最も支持している。特に行革、及び議員定数削減など、「増税の前にやるべきことがある!」と彼らが主張している点は、これまで発表された選挙公約の中で最も評価できると考えている(みんなの党「2012 アジェンダ」参照)。

しかし…、である。この党には、安倍氏、石破氏、橋下氏、石原氏のような、他党には存在するある種の「スター」がいない。渡辺氏も話が面白いと思うし、幹事長の江田憲司氏も常に論理的整合性を持った議論を展開する立派な論客ではあると思う。しかし、うーん…、「華がない」と言うべきなのだろうか、全国区で戦える「顔」足り得る人が見当たらない。

全くの余談だが、渡辺氏の父、渡辺美智雄元副総理は、その能力を栃木弁丸出しの語り口で覆い、「ミッチ―」として国民に親しまれた。まぁ、失言も多かったが。彼が蔵相時代、「レコード大賞」にゲストとして参加していた時、マッチに対して、彼が歌っていた曲名と絡めて「国民の皆さんには、ギンギラギンに稼いで、さりげなく納税してもらいたいね」と語っていたことはよく覚えている(大きく話が逸れてしまいました。済みません…)。

また、アジェンダで純化された政党ゆえ、広がりに欠ける。これは同党が背負った宿命と言えるのかもしれないが、いくら素晴らしい政策を主張していても、民主主義においてはマジョリティーを構成しなければ何もできない。この点は、上述の小沢氏のような選挙至上主義の政治家たちとは180度違う点だ。未来の党との連携話もあるようだが、同党がアジェンダを最優先する限り、決してまとまることはないだろう。

元自民党副総裁・大野伴睦氏は語った。「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちればただの人だ」。小沢氏の発想もそこに由来しているだろうし、恩師である田中角栄元首相の「数こそ力」という思想を受け継いでいるということもあるだろう。それが現実の政治だと言える。

対して渡辺氏の「アジェンダ至上主義」は、理想ではあるけれども、大多数の政治家が選挙一番、政策二番(以下?)と考え続ける限り、残念ながら大きなムーブメントになることはないだろう。

しかし、と考える。見え見えの小沢氏による数合わせに、民主党政権に十分懲りた有権者が、今更易々と騙されるだろうか?一方、例え大政党になれなくとも、みんなの党が地道に活動を続けていれば、キャスティング・ボートを握れる場面が出てくる可能性もある。

選挙至上か政策至上か。この、ある意味での二律背反。その象徴ともいえる未来の党とみんなの党。その両党に、昨日同時にターニング・ポイントと言える動きがあったのは、何とも皮肉というか、運命の巡り合わせの不思議さを感じた次第である。

こうした動きを見ると、結局、維新と太陽の党が合流したことにより、嘉田氏も小沢氏も新党への流れを決断し、同時に、みんなの党は維新から弾き出されたということになるのだろう。そういう意味では、選挙結果がどうなるのかは分からないが、維新は既に第三極を十分かき回したことになる。

さて、明日はどのような離合集散の動きがあるのか。公示日までは目が離せない。


↓ワンクリックでご声援いただければ幸いです。
にほんブログ村 政治ブログへ



2012年11月25日 (日)

政党乱立は悪か? -マスコミ報道に疑問 政党はジャムじゃない!-

  • Main_pic
    (写真は本の話WEBより)


    民主党、国民新党、自民党、国民の生活が第一、公明党、共産党、みんなの党、社民党、日本維新の会、新党大地・真民主、減税日本・反TPP・脱原発を実現する党、みどりの風、新党日本、新党改革。報道番組の討論に呼ばれる政党はこれくらいだろう。計14党…。こう並べてみると、確かに報道機関が指摘するように、「乱立」という表現がしっくりくる。

    本日
    1125日)放送のTBS「サンデーモーニング」で、この政党乱立について、少し面白い話をしていたので紹介してみたい。

    コロンビア大学ビジネス・スクールのシーナ・アイエンガー(Sheena Iyengar)教授の著作、「選択の科学(The Art of Choosing)」の中に興味深い実験が紹介されている。MBAホルダーの方であれば分かりきった話だと思われるであろうし、逆にあまりビジネスに馴染みのない方だと少し面倒くさい話に思えるかもしれないが、少しご辛抱いただいてお付き合い願いたい。実験の概要は以下のとおり。


    北カリフォルニアにあるドレーガーズ・マーケット。この店は、豊富な食材の品揃えで知られている。その店にジャムの試食ブースをつくり、ある週末には6種類のジャムを、別の週末には24種類のジャムを並べて買い物客の反応を調べてみた。

    24種類のジャムが並べられていた時には買い物客の60%が試食したが、6種類の時には40%しか試食しなかった。これはある程度、想定内の結果だろう。しかし、購買行動は想定外であった。

    24種類のジャムを並べた時には買い物客の3%しか購入しなかったが、6種類しかジャムを並べなかった時、買い物客は30%近くが購入した。つまり、選択肢の数は購入には逆効果をもたらすという結果となった。



    この実験から導き出される結論としては、選択肢を増やすことは必ずしも顧客の購買には繋がらない、ということ。これは、マイケル・ウィーラー(Michael Wheeler)の、「さまざまな可能性のなかから一つを選ぶことは、贅沢な行為であるが、かえって迷いやストレスの原因となることもある。合意形成を早めたければ、選択肢は戦略的に絞り込むのが賢いやり方だ」という解釈に繋がる。

    このような反応について合理的説明を与えているのは、アメリカの心理学者ジョージ・ミラー(George Miller)の、「マジカルナンバー」という理論である。これは、人間は新しく与えられた情報については一度に「7±2」しか頭の中に留めておくことができない。つまり、ほとんどの人間にとって、たくさんの数字や名前を見せられた場合、一度に覚えられるのは5つから9つの間が限度だということだ。

    「サンデーモーニング」では、アイエンガー氏の実験を、街頭インタビューでの、「政党が多すぎてどの党に投票していいのか分からない」、「どの投票に投票しても同じ」と言った市民の反応と結びつけて、多党乱立の現状を批判的に報じていた。

    この番組に限らず、大手メディアはこの政党乱立という状況を肯定的には報道していない。例えば、「14党乱立…有権者困惑『政策の違い分からない』」(msn産経ニュース)、「争点づくり懸命 14政党乱立、戸惑う有権者」(毎日jp)などなど。

    確かに14も政党があれば、どの政党に投票するのがベストなのか判断するのは難しくなるだろう。上述の「マジカルナンバー」を考えれば、それは当然だと思う。しかし、政党の数に惑わされる必要は全くない。

    どの政党、あるいは候補者に投票するのか決定するためのファースト・ステップとして、まずは自分がどの政策を最も重視しているのか考えてみよう。それは、社会保障充実でも、増税反対でも、脱原発でも何れでも構わない。自分の価値観に照らして、「これだけは譲れない」というものがあれば、まずはそれのみにフォーカスする。

    次に、ではどの政党が自分の価値観に適合した政策を主張しているのか確認する。この段階では、テレビの報道番組で示されるフリップや、新聞に掲載される各政党の政策一覧表、あるいはネット上の「ザ選挙」のこのページなども参考になる。

    そして、自身の考えに合致した政党が複数存在した場合、その中で最も自分の主張を反映しているのはどの政党なのか確認する。ここに至れば、検討すべき政党数は、14よりは、はるかに少なっているはずなので、それほど面倒ではないだろう。

    この段階ではもう、どの政党が自分にとってベストなのか決定できているはずだ。もしまだ迷っているなら直感で投票してみよう。有権者となるまで人生を歩んできた人間であれば、その直感もあながち的外れではないと考える。


    最後に、比例で投票する政党が決まったとしても、選挙区ではどの候補に投票していいのか分からない場合。ベースは、支持すると決めた政党の候補者でいいと思う。ただ、その政党の候補者が選挙区にいなかった場合、または、いたとしても何かいけ好かない候補者であった場合にはどうするか。

    選択肢は三つ。(1)支持政党ではなくとも、自分の価値観に近い候補に投票する。(2)「こいつ大嫌い」と思いつつも政党重視で、支持政党の候補者に投票する。(3)白票を投じる。

    これで大丈夫!投票まではあと3週間ほどある。上記のようなプロセスで政党、及び候補者を検討したうえで必ず投票に行こう。例え最終的な選択が「白票」であったとしても、必ず投票には行かなくてはならない。なぜなら、投票にも行かない有権者に政治を批判する権利はないと、少なくとも僕は考えるからだ。

    ジャムを買おうが買うまいが、私たちの生活に大きな影響はない。しかし、政党、そして候補者はジャムとは違う。その組織、政治家は程度の差はあれ、確実に我々の生活に影響を与える。

    ジャムの選択肢は少ない方が購買に結びつきやすいとしても、政党、あるいは政治家の選択肢は少ないよりは多い方が良いに決まっている。中国のように共産党以外に選択肢がない国に比べれば、日本人はものすごく贅沢な悩みの中にいるのだ。問題は、その豊富な選択肢の中で、どれが自分にとってのベストなのか検討する能力、あるいは気力が有権者にあるかどうか次第だろう。

    色々恰好つけた議論をしてきたが、最終的に皆さん伝えたいことは、必ず投票権を行使しようということ。下らないと思う政党もあるであろうし、「何でお前みたいな奴が立候補してるの?」という候補者も存在するだろう。そうではあっても、選択権は僕らにある。彼らの生殺与奪の権利は僕らが握っている。

    主権者たる国民である我々の審判を経ずに、彼らが国政を担うことは決してない。どうです、ちょっと選挙に行ってみようというモティベーションが湧いてきましたか?民主主義国家では有権者が王様(たくさんいる王様のひとりではあるけれど)。王様として国政に関与してみましょうよ!

     


    ↓ワンクリックでご声援いただければ幸いです。
    にほんブログ村 政治ブログへ



  • 2012年11月24日 (土)

    安倍総裁 印象操作問題でTBSに完勝! -露呈した大手メディアによる政治報道のアナクロニズム-

    (動画はYouTubeより)


    先日の記事で、TBSによる自民党安倍晋三総裁に対する印象操作について意見を述べ、報道機関としてのTBSの正当性を批判させていただいた。

    安倍総裁とその秘書によるFacebook上でのTBS批判(及びおそらくそれを見た支持者からのTBSへの非難)に恐れをなしたTBSは、まずは「みのもんたの朝ズバッ!」の番組ホームページ上で謝罪(下画像)。

    59682_268223043301146_593931133_n_4そして、11月22日放送の同番組内で、上動画のようにアナウンサーが明確に謝罪コメントを読み上げた。コメントでは痴漢の疑いで逮捕されたNHKアナウンサーの新聞記事を紹介した際、「誤って」安倍総裁の映像を流してしまったことをお詫び。また、TBSの「手違い」で、一部メディアや視聴者からの質問に対し、既に安倍総裁側に謝罪し、理解を得たと伝えたことも併せて謝罪。

    なるほど、「誤って」政敵に対してマイナスとなる印象操作が起こってしまい、しかも「手違い」で安倍氏は了承しているような対応をしたということか。さすが反安倍のTBS。「安倍憎し」と心から思っていると、様々な現象が発生するようだ。

    安倍氏の映像が不可抗力で流されたのだとすれば、きちんとした謝罪がなされたので、そこは一応決着したと言えるだろう。ただ、より問題なのは、当初メディアからの取材、そして視聴者からの問い合わせに対してTBSは、「安倍氏側には既に謝罪し、理解を得た」と「嘘」をついたことだ。

    間違った映像が流れるという事故は確かに起こり得る。それは、その事故の対象への誠意ある謝罪、あるいは賠償で一定の償いはできるだろう。しかし報道機関が、他の報道機関、あるいは視聴者へ嘘をつくという行為は、決して是認できない。報道機関としての不正義ここに極まれり、である。

    ところが、大手メディアは、少なくとも僕が調べた範囲内では、印象操作問題はおろか、報道機関としての倫理が問われる、「TBSの嘘」についても全く報道していない。この事実こそ、(政治家、官僚などではない)弱い取材対象には厳しく、身内には甘い「報道ムラ」の真骨頂と言えるだろう。

    上述の記事で書いたように、TBSはオウム真理教のビデオ問題で終わった報道機関だ。そして「お仲間」の、ジャーナリズム足るに値しない行動を一切批判しない他の報道機関も、同じくらい終わっている。

    こうした「化石メディア」は、今でも昔のやり方が通用すると信じて疑わないのだろう。インターネットがなかった時代であれば、今回の安倍氏に関しての問題も、どのメディアも報道しないことによって握りつぶすことが可能だった。TBSは今でもその程度の感覚で印象操作を行い、問題を指摘されれば、「もう謝罪した」などと平気で嘘をついた。

    大手メディアの皆さん、残念ながら、もう時代は変わった。あなた方が恣意的に情報をコントロールできる時代はとうに去ったのだ。

    安倍氏は特にSNS活用に優れた政治家ゆえ(自民党安倍総裁の効果的SNS活用術参照)、迅速にTBSを糾弾できた。しかし政治家のツールとしてのSNSは安倍氏だけのものではなく、全ての政治家に開かれている。今後はどの政治家も、メディアによる不当な報道に対してSNSを使って反撃を試みることは火を見るよりも明らかだ。

    そうした時代にあっては、これまでのような大手メディアによる偏向報道は決して見逃されない。今のようなアナクロニズムに浸っていては、既に大きく揺らいでいるメディアへの信頼は完全に崩壊するだろう。政治家や官僚に改革を迫るのであれば、自分たちの足元をしっかり見つめ直し、記者クラブ制度など、その既得権益にもメスを入れるべきではないか。

    今回の安倍氏への印象操作のような問題は、ひとりTBSに限らず、今後はどのメディアにも起こり得る問題だ。繰り返しになるが、それをきちんと報道・議論しないメディアは、益々衰退の一途を辿るのみだと予言しておこう。

    最後に、余談ではあるが、本日(11月24日)、安倍氏は「みのもんたの朝ズバッ!」に出演し、自身の政策に関する主張を行った。お疲れになっているのか、安倍氏にしては出来は良くなかったが、いつもは話を遮ってくだらないことを突っ込むみのもんた氏が、今日は奇妙に静かだったのが非常に印象的だった。

    関連記事
    腐ったTBSは報道機関という名に値するのか? -またしても安倍総裁に対する印象操作-
    自民党安倍総裁の効果的SNS活用術 -絡んできた仙谷氏を撃退などなど-


    ↓ワンクリックでご声援いただければ幸いです。


    にほんブログ村 政治ブログへ

    2012年11月22日 (木)

    野田首相へ 世襲の何が問題なのか? -それほど拘るのなら説明責任を果たすべし-

    20120604_30
    (写真は政府インターネットテレビより)


    民主党の羽田雄一郎国交相(参議院議員)は、同党の公約である「脱世襲」を尊重し、引退する父・羽田孜元首相の後継として目指していた、衆院長野3区からのくら替え出馬を断念した(11月21日付YOMIURI ONLINE)。

    羽田氏の例に代表されるように、総選挙を間近に控えた現在、世襲に関する議論が喧しい。これはひとえに野田首相が、何とか自民党との差別化を図ろうと、18日に「脱世襲は貫徹をする」と記者団に明言したことによる。

    引退する孜氏の後援会・千曲会によると、民主党のマニフェストでは世襲が禁じられていたため、千曲会は党本部に、雄一郎氏がくら替えした場合は抵触するのかを再三確認してきた。 しかし回答はなく、党内で議論された形跡もないところに、突然の野田氏の脱世襲宣言。千曲会の北沢寛和幹事長の「参院で3期の経験があり、単純な世襲とは違うはず。説明もなく、完全に自民党との違いを示す象徴にされた」(11月21日付msn産経ニュース)というコメント聞くと、いかに野田首相の「脱世襲」が付け焼刃であるのかよく分かる。

    そもそも政治家の世襲は悪いことなのだろうか?

    まず、世襲が批判される一番のポイントは、世襲政治によって政治が「家業化」し、政治家と縁戚関係にない新しい人材の立候補を妨げる結果となるということ。これは一見もっともな主張のように思われる。

    昨夜のフジテレビ・ニュースJAPANでも世襲問題が取り上げられており、コメンテーターもこのような点を指摘していた。彼の意見は、「政治は事業とは違うし、政治家は公人。また、政治家の後援会が既得権益となっている」という主旨のもので、世襲には批判的なコメントであった。

    しかし世襲政治家をサポートする考え方もある。親が政治家であるため早くから政治に目覚め、政治を学ぼうとする姿勢を持つ可能性が高い。また、親の秘書を経て政治家となるケースが多いので、議員になる前に政治の実務を理解したうえで政治家となるため、全くの素人よりは、はるかに即戦力として期待できる。

    脱世襲の批判に関して、自民党安倍総裁は11月21日の自身のFacebook上で、安倍氏のもとを訪れた、拉致被害者・有本恵子さんの父、有本明弘さんの考えを紹介している。「細野政調会長が安倍さんの事を『世襲議員だ!』と言って批判をしていたけれども、一体何を考えとるんや!俺が政治家に求めとる事は『誰が恵子を助けてくれる為に頑張ってくれてるか、誰が北朝鮮としっかりと交渉してくれるのか』や!…政治は政策や結果やないか!我々が政治家に求めているのは結果であって、その親父が議員であるかどうか全く関係ない。そもそも、そうやって批判している細野豪志政調会長は拉致問題の為に一滴たりとも汗を流していないじゃないか!」。

    また、安倍氏自身は世襲について以下のようにコメントしている。「わたしの様に父親が政治家、まして有名な政治家であれば、最初の選挙が有利であるのは事実であり、その事に謙虚でなければならないと胆に銘じています。しかし大切な事は『プロセスが開かれているかどうか』ではないでしょうか。そして選挙で問われるのは、政治理念であり、政策であるべきです」。

    解散前、自民党衆議院議員のおよそ4割がいわゆる世襲議員だったという事実は、確かに少し「異常」といえる数字かもしれない。しかし結局のところ、議員を選ぶのは有権者である。上述のコメンテーターが「公人」という言葉を使っていたが、まさに公人であるが故、選挙の洗礼を受け、初めて公職に就くことができるのだ。北朝鮮で起こっているような世襲とは全く違う。公正な選挙により、結果として世襲議員が増えているのだということを忘れてはならない。

    よって、僕自身は世襲議員を否定しない。ましてや、自民党は選挙区の候補選定において、現在は公募制を採用している。公募であっても、結局は世襲する候補が有利だとの批判もあるが、少し前、テレビの報道番組で、自民党の菅義偉幹事長代行は、今回の総選挙において、世襲候補は同党公認候補全体の1割以下だ、と説明していた。

    自民党もバカではない。いくら現職議員の子が有利だといっても、そうそうボンクラばかり公認していたのでは党の存続が危機に瀕する。

    ただし、世襲に関して、改めなければならないことがあることも事実。例えば、有力議員が、選挙の直前になって引退を表明することにより、公募制が有名無実のものとなり、事実上、その議員の子が後継者となるようなアンフェアな手法。

    また、現行、世襲の場合は、政治家の資金管理団体を実質無税で相続できることも大きな問題だ。この点は、他の民間団体の資本金相続と同様、相続税の納税対象すべきだろう。

    繰り返しになるが、候補者の当落を決めるのはあくまで有権者だ。どうしても世襲候補が嫌であれば投票しなければいいし、世襲には拘らず、人物、政策、あるいは所属政党次第と考えて投票するのもいい。それは僕らが決められることであるし、自分の価値観に基づいた投票行動を取ればいい。

    明治学院大の川上和久教授(政治心理学)は「世襲は確かに弊害もある。ただ、最近の選挙では風次第で世襲の影響も吹っ飛ぶ。重要なのは個人の資質であり、有権者への説明責任を果たしているかだ」とコメントしている(上記msn産経ニュース)。この辺りが常識的な考え方ではないだろうか。遮二無二世襲議員を排除する必然性は全くないと考える。

    観念論的な、野田首相の「脱世襲」など、選挙目当てのパフォーマンスであることは、有権者は当然見透かしている。どうしても世襲がだめだと言うのであれば、具体的実例を示して世襲の弊害を指摘すべきだ。

    首相が掲げた「争点」なのだから、その説明責任は当然首相にあるということをお忘れなく!


    ↓ワンクリックでご声援いただければ幸いです。


    にほんブログ村 政治ブログへ

    2012年11月19日 (月)

    腐ったTBSは報道機関という名に値するのか? -またしても安倍総裁に対する印象操作-

    558809_267148453408605_2093485105_n
    (写真は安倍氏fbページより)


    安倍自民党総裁は、昨日(11月18日)、自身のFacebookページで、「11月16日放送のTBS『みのもんたの朝ズバ!』で、NHKキャスターの痴漢行為を、ニュースとして流す中で、なんと私の顔写真が写し出されたそうです。ネットの指摘で明らかになりました」と指摘。事故であるならば謝罪があって然るべきだが、番組内で女性アナウンサーが、「はい、先ほど、あの関係のない映像が出てしまったという事ですが、大変失礼しました」と述べただけだったと非難。

    今日は安倍氏の秘書が同ページにて、TBSが2006年に行った、「安倍官房長官印象操作映像事件」について言及し、「『選挙』+『安倍』=『TBSの印象操作』はもはやセットなのでしょうかww」と述べている。


    似たような手法を使った例として、TBSは1995年に放送されたオウム真理教関連番組でも、麻原の顔等の画像を無関係な場面で何度も挿入していた。TBSはサブリミナル手法を番組テーマを際立たせる1つの映像表現として用いたと説明したが、非難が集中し、郵政省はTBSに対し厳重注意を行った(Wikipedia参照)。

    反安倍左派メディアが安倍氏を叩く報道をするのは巷間知られていることだが、このTBSの稚拙、かつ悪意に満ちた手法は何なのだろう。

    「みのもんたの朝ズバ!」による反安倍の姿勢に関しては、安倍氏は以前にも、fbで非難している。自民党総裁選直前に生出演した際、「街の声」と称して、八割は「安倍晋三には期待しない」という「調査結果」をオンエアしていた。統計学的な正当性もなく、しかも編集可能な街頭インタビューを「街の声」として紹介するのは、日本メディアの得意技だが、これこそ印象操作の手っ取り早い手法そのものだと言える。

    また、総裁選挙翌日の放送では、みのもんた氏に「『カツカレーなんて食ってる場合か!』と激しく檄を飛ばしていただきました(笑)」と安倍氏は、あきれ気味にコメントしている。まぁ、みの氏のどうでもいい発言にコメントすること自体無意味だが、敢えて一言。カツカレーを食べようが和牛ステーキを食べようが、国民のためになる政治をしてもらえれば、一切差支えない。粗食でボンクラな政治家ではどうしようもない。(ちなみに、程度の低いメディアは、安倍氏が食べたカツカレーが3000円だ3500円だと、くだらない報道をしていたが、ホテルでカレーを食べればそれくらいかかるのは当たり前だと思うが)

    TBSという放送局は、1989年に引き起こしたビデオ問題で「終わった」局なのだ。

    この年10月26日に、TBSのワイドショー「3時にあいましょう」のスタッフが、坂本堤弁護士がオウム真理教を批判するインタビュー映像を放送直前にオウム真理教幹部に見せた。そのことが、9日後の11月4日に起きた坂本堤弁護士一家殺害事件やその他一連のオウム真理教による事件の発端となったとされる問題だ。

    1995年の警察によるオウムへの一斉捜査の後、TBSが放映前の坂本弁護士のインタビュービデオをオウム幹部に見せたと報道された。しかしTBSは当初それを否定。しかしその後、オウムの早川被告によるメモなどから、その事実は否定しようもなくなり、翌1996年、TBSはその事実を認め、社長は引責辞任。

    この時のTBSの振る舞いは、報道機関としてはもとより、一企業としても最低だった。十分な調査を行うことなく、自己の潔白を主張し続け、反論できない証拠が出てきてようやく謝罪。普段は様々な企業の不祥事を偉そうに批判しているメディアが、この体たらくである。

    TBSが謝罪会見を行った1996年3月25日放送の、同局「筑紫哲也NEWS23」の中で、筑紫氏は、「TBSは今日、死んだに等しいと思います」と発言した。氏の言葉どおり、この日でTBSは死んだのだ。当時の郵政省(現総務省)はこの時、TBSの放送免許を剥奪すべきであった。TBSの報道機関にあるまじき行為が、坂本弁護士一家殺害へと繋がった以上、それが当然の制裁だろう。

    しかし、馴れ合いの放送行政において、正義の鉄槌が下されることはなく、TBSは無反省に、上述のような偏向報道を続けている。

    僕は安倍氏にシンパシーを感じている。しかしながら、対象が安倍氏だったからといって、TBSの悪行を非難しているわけではない。この放送局が、報道機関という名に値しない倫理しか持ち合わせていない組織ゆえ批判するのだ。

    上述のTBSの「歴史」を踏まえ、この局の報道には特に注意する必要があると言うことを強調しておきたい。そしてTBSへ。もし少しでも報道機関としての矜持をお持ちであれば、即刻これまでのような偏向報道を止め、国民に対して誠実な政治報道を行うよう強く求める。それができないのであれば、一刻も早く放送免許を返上せよ!

    関連記事
    自民党安倍総裁の効果的SNS活用術 -絡んできた仙谷氏を撃退などなど-
    週刊朝日の「ハシシタ」問題について-The Fourth Estate of Japan-
    iPS細胞「狂想曲」-読売新聞のレベル-


    ↓ワンクリックでご声援いただければ幸いです。


    にほんブログ村 政治ブログへ

    2012年11月17日 (土)

    自民党安倍総裁の二つの顔 -守旧派か真の改革者か?-

    9e37aa2c7aee56d7bef4b1734037f47f_tn
    (写真は民主党ホームページから)


    昨日、遂に衆議院が解散された。新党乱立で、混沌とした状況ではあるが、橋下氏の日本維新の会と石原氏の太陽の党が合流したことを受け、民主、自公、維新が中心となって選挙戦が展開されていくと考えられる。

    昨夜の報道ステーションで、元経産官僚の古賀茂明氏が面白い解説をしていた。一つは今回の解散についての霞が関流の解釈。もう一つは安倍自民党総裁に関しての自身の考え。今日はそれについて議論してみたい

    まずは今回の解散について。霞が関を熟知している古賀氏には、今回の野田氏による突然の解散は、財務省の振り付けである可能性があるという。財務官僚にとっては、消費税増税と霞が関利権の温存が至上命令。それ故、それらを護るため、選挙後の民自公協調を念頭に、野田氏に解散のシナリオを提案したのではないのか、というもの。

    確かに民主党の大敗が確定的で、自民・公明合わせても過半数が取れないと考えられる現状を斟酌すれば、反野田の議員が去り、「純化」された民主と自民・公明という政権の枠組みは、財務省にとっては考え得る最善だと言える。そう考えると、一つの見方として、「財務省黒幕説」も真実味を帯びる。

    ただし、これは自民党がかつてのように官僚の利権を尊重してくれるということが前提となり、それが古賀氏が語ったもう一つ、安倍氏の「本当の顔」がどうあるのかということに繋がる。

    古賀氏曰く、安倍氏には二つの顔がある。一つは、彼よりさらに革新的と思われる石破氏を、最終的には「派閥」の支持を得て退けた自民党総裁選挙に見られる、守旧派としての顔。もう一つは、 小泉政権時代、改革派の官房長官として登場し、 自身の内閣で渡辺喜美氏を公務員制度改革担当大臣として起用した、政治の根本を変えようと考えた改革派としての顔。

    古賀氏の推察としては、この二つ目の顔が、日本維新の会などの官僚制打破を目指す勢力と結びつけば、官僚にとっては悪夢であるという。

    これは、まさに僕が安倍氏を支持できるのがどうかの分水嶺である。

    安倍氏の、少なくとも今現在の心境が、政権を奪還するためには、自身の考えを押し殺しても、国民にとっては有害な、伝統的自民党思想を利用せざるを得ないということであり、その思想に基づいて政権運営をするというのであれば、僕が安倍氏を支持することはない。

    一方、安倍氏が向う傷を恐れず、二つ目の顔を前面に出し、国民不在の官僚との妥協を一切拒絶する方向性を目指すのであれば、僕以外の全国民が彼を支持しないとしても、僕は最後まで彼を支持する。

    官僚=悪と言っているのではない。彼らの能力の高さは身を持って理解している。ただ、彼らを、国民の犠牲のうえに聳える特権階級のままにしておくのは間違いだと言いたいのだ。

    彼らの政策理解能力・立案能力は一朝一夕に得られるものではない。それほどの日本国にとっての「資産」である官僚を活用せず、馬鹿な政治家が権力を振りまわすのは、この国にとってマイナスでしかない。その意味では、民主党が考えていた「政治主導」など不可能な話だ。どの点においても、民主党の政治家が官僚を上回る能力を持っていなかったのだから。

    また、能力のある官僚は、退官後も、その方が活躍できる場で、国家のために尽力していただくべきだと思う。しかし、十把一絡げで、高級官僚であれば誰でも退官後のポジションが保証されるというのは、全く合理的でない。能力のある者のみ責任ある仕事を任される。それは、ビジネスの世界と全く同様の発想であるし、それがあるべき姿だと考える。

    古賀氏の言う安倍氏の二面性はそのとおりだと思うが、政界という、一般市民にとって理解不能な世界を遊泳していくには、そうした側面が必須なのであろうとも思う。

    結論として、僕は今、安倍氏の政策を支持している。しかし、彼が古賀氏が指摘する守旧派としての側面を根本的な思想とするのであれば、自民党に投票することは絶対にない。一方、安倍氏の本意が、後者の改革者としての安倍晋三であるのなら、無条件に安倍氏を支持し、短期的にその成果が出なかったとしても、数年支持し続ける。

    投票まで1カ月ある。その間に、安倍氏の目指すところがどこにあるのかしっかりと見極めたいと思う。しかし、本当に見極められるのかどうか、率直に言って自信はない。選挙前と後の政治家の行動は、全く違ってくるというのは常識だから(たとえそれが、一般市民の感覚とは乖離したものであったとしても)。

    そうではあっても、僕自身最善を尽くして、決して民主党に騙された前回総選挙の二の舞を演じてはならないと心している。僕自身がそんな状況であるにせよ、拙ブログを読んでくださっている皆さんが最善の選択ができるよう、でき得る限り情報提供をし続けたいと考えている。

    関連記事
    「痺れた」党首討論・野田VS安倍 -16日衆議院解散へ 絶対に選挙へ行こう!-


    ↓ワンクリックでご声援いただければ幸いです。


    にほんブログ村 政治ブログへ

    2012年11月14日 (水)

    「痺れた」党首討論・野田VS安倍 -16日衆議院解散へ 絶対に選挙へ行こう!-

    Photo
    (写真は産経新聞より)


    本日11月14日の民主・自民両党の党首討論で野田首相は、「次期通常国会で(衆院の)定数削減を必ずやると決断してもらえるなら、16日に解散してもいい」と述べた(時事ドットコム)。これに対し、自民党安倍総裁も討論後の講演会で、定数削減に全面的に協力すると明言し、16日の衆議院解散がほぼ固まった。

    総理が解散日に言及するのは極めて異例であり、ましてや党首討論で解散を明言したのは、おそらく初めてのことだろう。

    それにしても今日の党首討論、評価は人それぞれだろうが、僕は今まで見た中で最高のものだったと感じた。野田氏、安倍氏とも気迫が漲っており、解散を賭けての真剣勝負。討論の後、安倍氏の顔が紅潮しているように見えたのが印象的だった。

    今までの党首討論は、気の抜けたコーラのような、形式だけ整えた討論とも呼べない退屈な「儀式」のようなものだった。しかし今回は、絶対解散に追い込むという強い意気込みを持って臨んだ安倍氏に対し、解散先延ばしを図る民主党内を押さえつけての野田氏の力強い発言。まさに真剣勝負。観ていたこちらも相当痺れた。しのぎを削る両党首の議論は、歴史に残る「名討論」だったと言っても言い過ぎではないだろう。

    ここまで書いたところで、政府・民主党が総選挙を、12月4日公示、16日投票の日程で行うことを決めたとのニュース速報(NHK)が入った。

    いよいよ総選挙に突入する。自民党が比較第一党となることは間違いない。そして民主党が大敗することもまた間違いない。ポイントはどの程度民主党が負けるのかということと、第三極がどれだけ票を伸ばせるのかということだろう。それによって総選挙後の政権の枠組みが決まってくる。

    現状では、維新の失速感が強く、太陽の党の伸びもそれほどではないことを考えると、自民党プラスαの政権になると考えるのが常識的だろう。

    どういう枠組みの政権になろうが、官僚主導政治の抜本的見直し、及び官僚利権の撲滅、デフレからの脱却、日米関係の再構築、そして中国の増長を許さない毅然とした外交、これだけは必ず成し遂げなければならない。

    個人的には、現時点では民主党はあり得ない。安倍氏は支持するが、自民党としてシロアリ退治をする気概が本当にあるのかを見極めたい。また、第三極にも完全に失望したわけではないので、その主張もきちんと聞いてみたい(東国原氏が維新から出馬するなら、絶対に維新には投票しないが)。

    みなさんも、ご自身が一番のポイントだと考える政策を中心に、各党派の主張に真剣に耳を傾けたうえで、是非、投票行動を起こしていただきたい。よく街角インタビューで、「誰が総理になっても変わらない」というシニカルなコメントを聞くが、そういう人に限って政策について全く理解していないし、主権者としての自覚もない。我々国民があきらめてしまったら、この国はもうおしまいだ。どれだけ思い通りにならなくても、失望しても、国を動かす可能性のある有権者としての権利を絶対に放棄してはならない。

    まずは各党の主張を聞き、それは単なる選挙目当てで、実現可能性のない政策ではないのかどうかを十分見極め、必ず投票に行こう!僕自身、前回は吹いてきた風に乗ってバカな投票行動を取ってしまったが、今度は騙されない。冷静な判断のもと、最善と思われる選択をしたい。

    選挙は民主主義の基本であり、投票することは国民の義務であるとさえ言えると思うので、必ず行使すべきである。そして、一度信頼して投票したら、政党の活動を長い目で見守る辛抱強さを持つことも重要だ。いい加減、一年で首相が変わるような「政情不安国」としての日本を脱却しなければ、日本は本当に終わってしまう。

    必ず日本は変わる。Yes, we can!(かなり古いフレーズで済みません)


    ↓ワンクリックでご声援いただければ幸いです。


    にほんブログ村 政治ブログへ

    2012年11月12日 (月)

    自民党安倍総裁の効果的SNS活用術 -絡んできた仙谷氏を撃退などなど-

    522204_263929217063862_1247042370_n
    (写真は安倍氏fbページより)


    政局は年内解散に向けてまっしぐらの様相だが、次の総理最有力候補である、自民党安倍晋三氏のメディア戦略が面白い。

    11月9日の安倍氏のフェイスブック(以下fb)ページに上記の写真が掲載され、仙谷民主党副代表への呼びかけがなされた。

    ことの経緯はこうだ。11月6日、安倍氏は自身のfb上で、民主党幹部が一斉に「民主党は中道を目指す」と主張し始めたことを批判。「そもそも政治家として『中道』を主張する人とはいったいどんな人物でしょうか?左側の人がより左に寄れば自分も少し左に移る。また右の人が右側に寄ればすっと右に身を寄せる。つまり『自分の信念も主張も無い人達』の事です。堕落した精神の、ひたすら大衆に媚びる姿がそこにあります。こうした人達には時代を切り開いて行く気迫も覚悟もありません」と彼らを切り捨てた。

    これに対して、仙谷氏が内容証明郵便で申し入れをしてきた。安倍氏の要約によると内容は、「安倍総裁は『中道』に関してのスタンスを批判したけれども、信念、哲学、政策がどの位置にあるのかを決めるのは本人の独りよがりの評価ではなく国民の皆様であり、アカデミズム・オピニオンでしょう。そこで私(仙谷議員)と公開の場で討論される事を申し入れます。早急にご日程の調整をいただきたい」。

    仙谷氏側の思惑としては、この申し入れが受け入れられれば、安倍氏のあら探しをする機会が得られるのでめっけもの。受け入れられない場合にはそれを批判できるという、大袈裟に言えば、「王手飛車取り」ともいえる妙案だと考え、嬉々として内容証明郵便を送るに至ったのだろう。

    これに対して安倍氏は、「お申し込み頂いたのに、大変申し訳ないのですが、私は自由民主党総裁として民主党の党首である野田総理と来週党首討論を行いますが、パフォーマンス目当ての議員達から注目を集めたいと申込まれた場合、いちいち公開討論を行う余裕は有りません」と往なしたうえで、「しかし、このフェイスブックの場は公開されていますし、国民の皆さんが『コメント』として様々な意見を申し入れています。仙谷さん、ここに意見を是非書き入れてください。そして、それを評価するのはこのフェイスブックを利用している国民の皆さんです。もちろん私もコメントを書き込みます」と、fb上での公開討論を提案した。

    この提案を読んだ時の仙谷氏の顔が見てみたい!思わぬ切り返しを受けた仙谷氏からの書き込みは、もちろんいまだにない。SNSリテラシーのない相手の弱点を逆手に取ったうえで、建設的な議論の提案をした安倍氏。見事な「一本勝ち」だ。

    安倍氏のfb上での「妙技」はこれにとどまらない。サンデー毎日、週刊ポスト、週刊新潮などの「反安倍」記事に対しても、的確に反論している。また、こまめに政治活動を掲載し、それをツイッターにもリンクさせると同時に、ツイッター独自の情報もアップし、実にこの二つを上手く活用している。色々な政治家のfb、ツイッター上での活動をフォローしているが、安倍氏の活用術はトップクラスだと言って間違いない。

    加えて、ネットを使っての政治家の情報提供は、得てして無味乾燥な政治活動報告になりがちだが、安倍氏のfbにはたまに秘書が登場し、その方がまたいい仕事をしている。安倍氏がコンビニで買い物をしている姿、安倍氏の好きな飲み物は「なっちゃん」であることなどを紹介し、ほのぼの感を与えてくれる。

    安倍氏自身も、fb上でSNSが大きな力になっていると述べている。「6年前との違いは、マスコミの間違えをSNSによって訂正したり反撃できる事です。マスコミの力は絶大ですが、今や情報発信を独占できません。…時代は進歩しています。Facebookを通じて『私は一人じゃない』と連携していく事によって、私達は日本を変える事もできます」。

    SNSという強力な武器を手に、安倍氏が総理の座に返り咲く日は確実に近づいているように思われる。

    関連記事
    戻って来た安倍晋三


    ↓ワンクリックでご声援いただければ幸いです。


    にほんブログ村 政治ブログへ

    2012年11月 9日 (金)

    田中文科相は「間違ってない」と藤村官房長官 -真紀子もひどいが藤村のバカさ加減- 

    Images
    (写真は日刊アメーバニュースより)


    田中文科相が3大学の新設を不認可とした問題は、11月7日に同氏が一転して「認可する」としたため、一応の鎮静化をみた。

    一般的な受け止め方としては、「大学が全国で約800校ある中、大学教育の質が低下している」「大半の審議会委員が大学関係者で、大学同士が互いに検討している」などの主張自体は間違っていないが、その手法は大いに問題だ、というところに落ち着いているようだ。

    確かに少子化という現実の一方で大学の数だけが増えることによって、定員割れの大学、経営が悪化している大学が激増していることは事実。また、御用学者中心に構成された審議会は、官僚のアリバイ作りに過ぎないので存在価値なし。そして何より、重点投資などの理念がないまま、ほぼ一律に私立大学に、国、あるいは地方自治体が補助金を支出するのは、現在の厳しい財政状況の中、極めて疑問である。その点において、田中氏の主張には賛成する。

    しかし、である。この人は相変わらず正確な知識を持たず、先の見通しも立てずに思いつきで「暴走」して周囲を振りまわす。現在の大学認可のシステムに問題があることは、多くの人が認識している。それに対して強い改革の意志があるのであれば、来年度から新たな考え方に基づく施策を実施すればいい話だ。何故なら、今年度に関しては、事実上認可と同様な状況にあったわけで、「談合」を進めてきた文科省に責任があるからだ。

    とりわけ今回の問題において許されないのは、当該大学への進学を考えていた子供たちを巻き込んだこと。数日で不認可の方針が撤回されたとはいえ、その間彼らはどれほど不安な思いをしたことか。明日の日本を背負っていく子供たちを育てるのが仕事であるはずの文科省が、子供たちを傷つけてどうする。本当に腹立たしい。

    加えて、田中氏が自らの「失策」を棚に上げて、3大学に関して、「今回(の騒動が)逆にいい宣伝になって4、5年間はブームになるかもしれない」(11月7日付msn産経ニュース)と述べるに至っては、この人物は大臣、議員である資格がないのはもちろん、「人間失格」である。安倍自民党総裁が、「常人ではない」としたのはまさに正鵠を射ていたと言うべきだろう。

    以前の記事で指摘させていただいたとおり、こんな人物を大臣にすること自体が間違いであり、その点で野田首相の任命責任は厳しく問われなければならない。この内閣では、田中慶秋法相が既に事実上更迭されていることを考えればなおさらだ。

    ただ、田中氏が問題を起こすことは「織り込み済み」であったので驚くには値しないが、それに関しての藤村官房長官の発言には、呆れて言葉も出ない(とは言え批判させていただくが)。

    藤村氏は8日の記者会見で、田中氏が引き起こした一連の問題に関して、「閣僚として間違ったことをしたとは多分誰も受け止めていない」と述べ、田中氏を擁護した(11月8日付msn産経ニュース)。この人はテレビ・新聞などのニュースを見ていないのだろうか?不認可とされそうになった大学関係者、生徒、そしてその父兄の怒り、落胆を認識していないのだろうか?おそらく、「国民の気持ちが分からない民主党の政治家は誰も」という意味なのだろう。

    この藤村氏の発言の本旨は、決して田中氏を擁護するためのものではない。それもあるだろうが、田中氏が、今回の決定は独断ではなく、事前に藤村氏と野田首相の了承を得ていたものだと記者団に話したため、自己保身、そして首相に火の粉が降りかからないためのものだ。

    とここまで書いて筆を止めていたところ、本日、田中文科相が一連の問題について、「結果として関係者にご心配、ご迷惑をおかけし、心からおわび申し上げます」と謝罪した(朝日新聞デジタル)。まぁ、田中氏が反省し、心から申し訳ないと思っているはずはないし、おそらくは予想外の事態に焦った官邸から相当の圧力がかかったのでしようがなく、ということだろうが、かたちだけでも謝罪したことは是としよう。

    話を藤村氏に戻すが、田中氏が謝罪した今、彼女の行動を「閣僚として間違ったことをした」とは認識していなかった藤村氏はどう説明するのか。間違ったことをしていないのに大臣が謝罪するのは、全く筋が通っていないと考えるが、藤村氏はそれにどう答えるのか?現在のところ彼のコメントに関する情報は入手できていないが、非常に興味深いところである。

    逃げずにちゃんと説明しろよ、藤村さん!!どうせ民主党お得意の詭弁で誤魔化すんだろうけどね。そして、その点、きっちり追及しろよ、記者クラブに守られたお気楽記者さんたち!!

    関連記事
    田中真紀子研究 by 一新潟県人


    ↓ワンクリックでご声援いただければ幸いです。


    にほんブログ村 政治ブログへ

    2012年11月 7日 (水)

    オバマ氏アメリカ大統領に再選 -世界を安心させたアメリカ国民の選択-

    20121107_hp_obamaslidezgn6hplarge
    (写真はThe New York Timesより)


    世界から注目されていたアメリカ大統領選挙において、現職のオバマ氏が再選を果たした。昨日の記事で、世界はオバマ氏を支持している旨記させていただいたが、この結果には世界がホッとしていることだろう。

    「州知事出身の共和党候補が大統領になると、世界にとってろくなことはない」というのが僕の持論だ。前大統領のジョージ・W・ブッシュはアフガン戦争イラク戦争によって「主権国家」の権利をズタズタにした。

    それは例えるなら、アフガン戦争は、日本の過激派がアメリカでテロによって多数のアメリカ人を殺害したので、日本を爆撃する。イラク戦争は、日本の指導者が大量破壊兵器を保持している「疑い」があり、人権侵害を行っているので、日本の首相を排除し、アメリカが「正当」な民主主義を確立する。まぁ、こんな感じだろうか。アメリカの傲慢さの表れと言うか、国際ルールを無視した暴挙であったと言えるだろう。

    その前の「州知事出身の共和党米大統領」はロナルド・レーガン。彼は、クーデタによって政権を奪取したチリの軍事独裁政権のリーダー、アウグスト・ピノチェトを「友人の中の友人」と呼んだ。また、彼の在任中には、グレナダ侵攻イラン・コントラ事件レバノン内戦への干渉など、様々な軍事行動が行われたが、いずれもアメリカのダブルスタンダード、他国への主権侵害などを象徴する出来事であった。

    極めて乱暴な言い方をすれば、共和党は軍産複合体と密接な関係を持っているので、大統領の座を占めた場合には、戦争を起こして軍需産業を儲けさせてやらないと、様々な選挙において票の確保がままならない。それが、共和党出身、特に外交を知らない州知事出身者が大統領になった場合、世界に波風を立てる原因であると僕が考える所以である。

    とは言え、オバマ氏が世界平和を推進できる人物なのかと言えば、それもまた疑問だ。特に中東和平に関しては、アメリカが調停役となって問題解決を図ることは決してできない。彼自身は和平の進展を望んでいたとしても、アメリカにおいては、ユダヤ人は金も票も握っているので、共和党であろうと民主党であろうと、その力を抑えることはできない。

    それでもロムニーが大統領になっていたとすれば、上述の要素、及びその外交における無知ゆえ、おそらくはもっと悪い未来が待ち受けることになっていただろう。

    再選されたとはいえ、オバマ氏はアメリカ経済再生という大きな課題を背負っている。まずはそこが、アメリカ国民から求められている一番の課題なので、それに相当の力を注がざるを得ないだろう。そのため、例え世界平和を強く希求するオバマ氏と言えども、当面はその理想に向けた積極的なアクションは起こせないと思う。

    しかし、「再選のため」の4年間を終えたオバマ氏は、「歴史に名を残す」次の4年間を得た。そう考えれば、ノーベル平和賞を受賞したオバマ氏であれば、歴史に名を残すような世界平和への貢献を成し遂げ得るとも考えられる。

    オバマ氏にお願いしたい。まずはアメリカの利益を考えるのは合衆国大統領として同然のことではあるが、その枠を越えて、世界をさらに平和にするための尽力も同時に行ってほしい。バラク・オバマという人物は、それができる人物であると僕は期待している。

    関連記事
    米大統領選挙始まる -オバマ or ロムニー 日本にとってはどちらが良いの?-


    ↓ワンクリックでご声援いただければ幸いです。

    にほんブログ村 政治ブログ 国際政治・外交へ

    2012年11月 6日 (火)

    米大統領選挙始まる -オバマ or ロムニー 日本にとってはどちらが良いの?-

    ImagesRomney


    4年に一度の大イベント、アメリカ大統領選挙が遂に始まった(CNN.co.jp)。世界のリーダーを決めるとも言えるこの選挙、オハイオ州などの激戦州での結果如何でどちらが大統領になるのかが決まると言われており、両陣営とも予断を許さない状況となっている。

    僕はオバマ氏支持である。以前、Yahoo!ニュース BUSINESS「キシャ強敵フロンティア」の「アメリカの危機を救うのは、どっち!?どうなる?アメリカ大統領選挙」に投稿した記事を以下に記す。


    ロムニーがライアンを副大統領候補に選んだ時点で、大統領になるために彼は保守派にすり寄った。

    アメリカ人の魂には、この大陸で生きることを決めて以来、「自分の身は自分で守る」という哲学がある。また、自分たちの地域のことは自分たちで決める、という日本とは大きく異なった自治精神もこの国の伝統である。そういう意味では小さな政府が、「アメリカン・スピリッツ」なのだろう。

    しかし、ここまで格差社会が拡大してしまった現在、そうした伝統に従った政権運営ではアメリカが崩壊してしまう。州の自治を重んじながらも、社会保障と言う大きな枠組みでは、連邦政府がイニシアティブを取る。そうした方向性無くしてこれからのアメリカは国内的に持たない。

    弱者・強者の共生という観点から、国民皆保険、富裕層への加重税率という、弱者を救い、強者に痛みを受け入れてもらうというオバマ政権の方向性は正しいと考える。ロムニーが大統領になれば、格差が一層拡大し、最悪の場合には富裕層と貧困層との内戦状態になることすら考えられる。



    簡潔にまとめると、主に上述のような見解から、僕はオバマ氏を支持している。では、日本にとっては、オバマ氏、ロムニー氏、いずれが大統領になった方がメリットがあるのだろうか?

    10月24日付ウォール・ストリート・ジャーナル日本版によれば、3回行われた今回の米大統領候補討論会において、日本についての言及はゼロだったとのこと。一方、中国は53回。日本のメディアはこういうことをやたら気にするが、そんなことはどうでもいい。確かに民主党政権のせいで日米関係はガタついているが、大きな懸案がないから言及されないともとれるので、それ自体は全く問題ない。ただ、今回の選挙は経済を中心として極めて内向きな議論になっていることは確かだ。まぁ、アメリカは基本的にはそういう国なのでしようがないが。

    現職のオバマ氏については、アメリカの政治に少しでも関心のある人であれば、ある程度は分かるだろう。少年時代に来日した経験があり、比較的日本に親近感を持ってくれている。また、アジアの民主主義国としての日本を、信頼できるパートナーと考えていると思われる。つまり、オバマ氏が再選されれば、あらゆる分野において日米関係が悪化する可能性は低い。むしろ日米関係の破壊者民主党が政権を失えば、関係が好転する可能性の方が高いだろう。

    一方のロムニー氏。彼は、世界有数の投資ファンド、ベインキャピタルの創業者。かつ、経営再建のプロとされ、経営者としては超一流。加えて、2002年のソルトレイクシティオリンピックでは、組織委員会の会長として大会を大成功させ、全米にその名を認知された。政治家としては、 2003年から2007年までマサチューセッツ州知事を務め、財政・経済政策での手腕は高く評価されている。経歴の詳細はWikipediaをご覧いただきたい。

    今回の選挙戦では、オバマ大統領とデッドヒートを繰り広げてはいるが、「オバマ氏に投票する47%の国民は政府に依存し、自分は被害者で政府が面倒を見る必要があると考えている。所得税も払っていない」と、弱者切り捨てとの批判を受けた発言を始め、失言によって非難されることも多かった(9月30日付日経新聞及び8月10日付msn産経ニュース参照)。

    日本についても、"We are not Japan. We are not going to be a nation that suffers in decline and distress for a decade or a century (POLITICO)"(我々は日本ではない。10年あるいは1世紀もの間、衰退と苦難に陥っている国にはならない)と発言し、外交に関しての無知ぶりを発揮している。

    ロムニー氏は所詮ビジネスマン。その根底にあるのはビジネスサイドからの視点としての政治。しかも上述のように語るに落ちているとおり、弱者に配慮する考えなど全くない。4年前アメリカは、ブッシュ政権によって色々な意味で疲弊しており、オバマ氏による「変革」に期待した。それは経済的には必ずしも成功しているとは言えないかもしれないが、ロムニー氏を選択することは、4年前に逆戻りするように思える。まぁ、それはアメリカの有権者が考えることだが。

    結論としては、オバマ氏が大統領に再選されることが日本にとっては望ましいと考える。上述のように、彼は日本をある程度評価してくれているし、尖閣問題など様々な外交問題を抱える日本にとっては、アメリカの対日政策が激変することは歓迎すべきことではない。何せロムニー氏は外交を全く知らないのだから。

    ちなみに、世界は圧倒的にオバマ氏を支持していることを付け加えておく(本日付msn産経ニュース参照)。


    ↓ワンクリックでご声援いただければ幸いです。

    にほんブログ村 政治ブログ 国際政治・外交へ

    2012年11月 4日 (日)

    Report from the field -頑張れ自衛隊-

    20121104_130049


    今日、地元の秋祭りがあり、母とその友人、そして伯父を車で会場へ連れて行くため、現地へ足を運んだ。

    僕の地元には自衛隊の演習場がある関係で、祭りの会場には自衛隊の車両が展示されていた。自衛隊車両に乗る機会など滅多にないので、僕はそれを発見するや否や、付近にいた自衛官の方に、「これ乗ってもいいんですか?」と尋ね、快諾を得て乗車させていただいた。ものすごく特殊な車両というわけではないが、隊員を搬送するための車両で、実際PKOなどの現場でも使用されているとのこと。

    生まれて一度も自衛隊員の方とお話しさせていただいたことがなかったので、2名いたうちのお一方に色々尋ねてみた。自衛隊員の普段の訓練の様子などを興味深く拝聴したが、とりわけ、災害派遣についてのお話は、実際現地に行かれた経験を持つ方ならではのもので、国民として心から感謝するとともに、任務に対する誇りのようなものを感じた。

    彼はこれまで、有珠山噴火東日本大震災を始めとして、数多くの現場で救援活動を行ったという。大きな事件、事故ですら、その陰で自衛隊員が活躍されていることを多くの国民は知らない。しかし、そうした大きな出来事に限らず、僕らが全く認識していない様々な小さな活動を行っていることを知り、自衛隊員の皆さんに対する感謝の念はより深くなった。

    駐屯地のある街で育った僕らには、自衛隊はとても身近な存在だった。小さい頃、隊員の皆さんがトラックに揺られていく姿に何度手を振ったことだろう。そんな環境にいても、直接隊員の皆さんとお話する機会はこの歳までなかったのだから(僕は30年近く地元を離れていたのでなおさらだと思うが)、日本人の多くは彼らと接する機会はほとんどないのだと推察する。

    災害派遣で任務遂行に全力を尽くされている隊員の方々のご苦労も分からず、また、自衛隊と地域住民はかなり近しい関係にあることも知らずに、机上の論理で自衛隊を認めない、あるいは批判する社民党のような党派というのは、日本人として本当によく理解できない。日本をおかしな国にした左派の人間がどう言おうが、僕は常に自衛隊を支持する。そうでなくては彼らの苦労が報われない。

    今回は時間、場所の制約があったので、このような突っ込みの浅いリポートしかできないが、近日中に正式に地元の自衛隊に取材依頼し、より深い情報を提供をしたいと考えている。

    P.S. 上の写真は、現地にいた自衛隊員の方にブログに載せたいのでとお願いし、ご快諾いただき撮影させていただいた一枚。

    関連記事
    安倍総裁「自衛隊の皆さんに感謝。私たちの誇りです」 -自衛隊を誇れない連中に国防が任せられるか!-


    ↓ワンクリックでご声援いただければ幸いです。

    にほんブログ村 政治ブログへ

    We ARE 'Swing Citizens' but... -バカな有権者がバカな政治家を選んでいると言われないために-

    Url_img


    この1週間、永田町とその周辺に群がるメディアにおいては、解散はいつになるのか、そして第3極は連携できるのかという議論で喧しい。

    まずは解散について。自民党は、何が何でも解散に追い込むという「北風路線」から、安倍総裁が11月1日、特例公債法案の審議に応じるなど、野田首相が解散のための環境整備として求めている3つの懸案に前向きな「太陽路線」へと舵を切ったと伝えられている(11月2日付FNNニュース参照)。

    この方向性には大賛成だ。以前の記事で、「増税しないという公約を破り、低支持率にあえぐ、つまり国民に信頼されていない現政権が来年度予算を編成することについては、僕も石破氏同様絶対反対だ。自民党としては異論はあるだろうが、特例公債法案、定数削減法案を速やかに成立させ、解散総選挙への道筋をつけるべきだと考える。それでも野田首相がその座に居座ろうとするのであれば、その時は国民が味方をしてくれるはずだ。国民も馬鹿ではない」と主張させていただいたように、安倍自民党は王道を歩めばいい。

    野田首相が10月31日の衆院代表質問で、「特例公債法案の成立」、「衆院選挙制度改革」、「社会保障制度改革国民会議設置」というこれまでの、解散前に成し遂げたい政治課題に加えて、経済対策の実施に言及し、野党からは「四つ目の条件が出てきた」という反発が出た。しかし、首相は当該経済対策について、「政権を預かっている以上、その都度やらなければならないことがある。解散のための前提条件ではない」と述べ、衆院解散の新たな条件とする見方を否定した(11月2日付YOMIURI ONLINE)。

    鳩山氏、菅氏というようのな得体の知れない政治家とは違い、野田氏は最低限の良識を備えている政治家だと思えるので、この展開は同然の帰結であると思う。

    次に第3極の連携。橋下氏と石原氏が「連携」(そもそもこれがどの程度の繋がりなのかよく分からないが)しようが、民主党が少しばかり支持率を回復しようが、次期総選挙で自民党が比較第一党になることはまず間違いない。とすれば、憲政の常道からいって安倍総裁が首相となるわけで、第3極ができることは、彼らが主張する政策を実現するため、いかに腹を割って安倍さんと意志の疎通を図り、共通認識を持つことができるのか、あるいは国民の支持を背景としたプレッシャーを自民に与え、それを成し遂げるのかの二者択一でしかない。それこそ、太陽か北風かである。

    今日も石原氏と橋下氏の連携を探る会談が長時間に亘って行われたようだが、橋下氏は、石原氏との信頼関係を前提としつつも、「大変失礼ですが、たちあがれ日本とは色が違う。真正保守ですべて決定するのではなく、合理的に物事を決めたい」としている(11月3日付YOMIURI ONLINE参照)。

    繰り返しになるが、第3極が連携できたとしても総理の地位を得られる可能性は低い。ただ次期総選挙において、総理の地位を獲得できる議席を得られなかったとしても、間違いなく相当存在感のある勢力になるだろう。

    過半数を得られない与党に対しての有力野党というポジションは、実は政権内の少数派よりも大きな力を持ち得る。そのアドバンテージを利用して、官僚制度改革でも、憲法改正でもイニシアティブを握ることは可能だ。自民党総裁が安倍氏であればなおさらだ(安倍氏が与し易いという意味ではなく、安倍氏の思想との調和性が高いと言う意味で)。

    橋下氏も石原氏も、一定の規模の勢力を持って彼らが掲げる政策を実現したいと考える気持ちは理解できる。しかし、「野合」によって無理にまとまることに拘泥しなくとも、上述のように彼らの目指すところを実現することは可能だ。

    合衆国大統領選挙において、選挙の度に共和党・民主党の間で勝利政党が変動する州を'Swing State'と呼ぶ。今の日本国民の大半は'Swing Citizen'なのだ。つまり、その時々の「風」に流されやすい。それでいながら、自身が投票した候補、あるいは政党が短期的に自身の欲求を満たしてくれないと、安易に批判勢力へと転じる。我々有権者は、そうした自分たちの無責任さを認識しつつ、責任を持った投票行動を選択しなくてはならない。

    「民度以上の政治は行われない」とよく言われるが、それは半分正しくて、半分は間違っているのだと思う。いくら民度の高い人々が選んだ政治家であっても、彼らが詐欺師であるということもあり得るわけだから(e.g. 現在の民主党政権)。それでもやはり半分は、我々有権者の責任であるということもまた事実であろう。そうであれば、有権者は、特に衆院選に際しては乾坤一擲で投票をしてはならない。現実的、かつ理性的な判断のもと投票する義務がある。なぜなら、民主主義は政治家が作るものではない。我々国民が作るものだからだ。

    我々有権者はバカではない。必要十分な情報が与えられていない、あるいはそれを咀嚼する余裕がないだけだ。もっと政治に興味を持ち、自身の思いを様々な局面で主張しましょう。これほど自由な民主主義国に生きていながら、その権利を行使しないということは、表現の自由すら認められない国家の市民から見れば犯罪的行為とすら思われるかもしれない。まずは国内で、そしてやがては世界の民主主義に寄与できる日本人になりたいと僕は思う。

    アポロ11号によって、人類で初めて月面にその足跡を記したNeil Armstrongは、"That's one small step for man, one giant leap for mankind"(これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である)と語った。今我々が投じる一票は極わずかな政治変革への意思表示ではあるが、それが未来の日本人にとっての偉大な一票になり得ると信じよう。


    ↓ワンクリックでご声援いただければ幸いです。

    にほんブログ村 政治ブログへ

    2012年11月 3日 (土)

    再度番外編 謝罪 to にほんブログ村のトーナメント

    200905095407f1eee0a63829517al


    先日のこのブログの記事で、にほんブログ村のくだらないトーナメントには二度とエントリーしないと明言した。しかし、その言を撤回させていただきたい。

    理由は二つ。

    一つは、「JUSTICE 10」トーナメントにおいて、尊敬するブロガーのAyakikkiさんが「◇平和ボケ日本人のiPS細胞作製術~戦後レジームからの脱却のために」という記事で優勝されたこと。彼のブログは、構成、内容ともトップクラスのものであり、僕が理想とするブログである。そのようなブロガーが、僕がブログを始めてから最初に興味を持っていただけた方であった。その彼がきちんと評価されている「トーナメント」を、僕は良く理解していなかったと感じている。不明の至りだ。

    もう一つは、同トーナメントの決勝でAyakikkiさんと対戦できたこと。まさか尊敬している方とそのようなことになるとは思ってもいなかったので、すごく光栄であったし、是非また彼と競いたいというモティベーションを与えられた。

    そんなわけで、アホな僕は、恥ずかしながらまたトーナメントに復帰します。マッチポンプ的な一人芝居、汗顔の至りです…。

    「お前のことなんてどうでもいいんだよ」と思われる向きもあろうかと思いますが、その性格ゆえ、どうしてもケジメをつけないと気が済まないもので…。

    引き続き宜しくお願い致します。


    ↓ワンクリックでご声援いただければ幸いです。

    にほんブログ村 政治ブログへ

    2012年11月 2日 (金)

    Brooks Brothersにアフィリエイトを断られた当ブログ… -冷たいじゃん、長い付き合いなのに(笑)-

    Brooksbrotherslogol


    最近、ブログ記事の右側にアフィリエイト広告を添付してみた。これは、まぁ、「万一収入があればラッキー」という邪な考えが全くないとは言わないが、自分が好きなブランドやショップ、使っているサービスなどをお立ち寄りいただいた皆さんにご紹介したい、という主旨のもと。

    今日、アフィリエイトプログラムを検索していたところ、Brooks Brothersを発見。Brooks BrothersとPaul Smithは、僕が長年愛用している2大ブランドなので、是非ブログにバナーを添付したいと考え早速提携申請。

    ところが…、

    「『ブルックスブラザーズジャパン公式ECサイト販売プログラム』 にお申し込み頂きまして誠にありがとうございます。検討の結果、貴方様の主サイト及び副サイトは、私どもの希望する内容に合致しておりませんでしたので、大変残念ながら当アフィリエイトプログラムへの参加承認を見送らせて頂くこととなりました。今回の結果はあくまでも弊社のアフィリエイトプログラムとの相性などを考慮した結果であり、貴方様のサイト内容の優劣等を判断したものではございませんことを、念のため申し添えておきます。ご了承くださいますようお願い致します」

    と残念なお知らせが届いた。まぁ、ビジネスの観点からすれば、政治的な発言を中心としたブログに自社のバナー広告など貼られたら、下手をしてスポンサーと勘違いした人からクレームなどをつけられたら大変。そう考えるのが当然で、妥当な判断だろう。僕も広報・宣伝を担当していたからよく理解できる。

    ただ感情的には、「まじー。長い付き合いなのにさー、こりゃまた随分冷たいじゃん。BorsalinoはあっさりOKしてくれたのに」などと思ってしまう。今後はPaul Smith重視でいこうっと。留学時代もそうだったが、やはり僕にはアメリカよりもイギリスが合うんだな。Paul Smithはアフィリエイトブログラムがないようなので、少なくとも断られてないし。

    穴の穴が小さい男だと思われることだろう。自分でもそう思う。しかし…、だって人間だもーん!

    TGIFということで、今日は柔らかめの記事になってしまいました。Have a nice weekend!!


    ↓ワンクリックでご声援いただければ幸いです。

    にほんブログ村 政治ブログへ

    2012年11月 1日 (木)

    Thanks, the Christian Science Monitor and Mr. Grant Newsham!! -尖閣問題でアメリカからの援護射撃-

    Csmlogo_179x46


    10月30日付のmsn産経ニュースは、米海兵隊や外交官として在日米大使館に勤務した、弁護士のGrant Newsham氏が、アメリカの有力紙The Christian Science Monitorに、"US must clearly back Japan in islands dispute with China"と題した、尖閣問題においてアメリカ政府は明確に日本を支持すべき、との論文を寄稿したことを報じた(原文)。

    この論文は、日本にとって非常にありがたいものだと言える。何故なら、日本人が主張すればアメリカ人から反感を買いそうなことを、アメリカ人自身が主張してくれたのだから。

    The Christian Science MonitorThe New York TimesThe Washington Postのようには日本で知られていないが、その情報の正確さ、また記事においての視野の広さからアメリカの知識層に影響力のある新聞だ。その紙面において、「日本を支持すべき」と論陣を張ってもらうことは、日本にとって大きなプラス材料になる。

    Newsham氏は、日本は民主的な政府、法による統治、表現の自由、公正な貿易、そして財産権の保護といった、合衆国が尊重する価値観を共有している国だという点を強調。これは、裏を返せば、中国はそのような国ではないことを示唆している。

    また、日本は韓国、ロシアとも領土問題を抱えているが、軍事力による威嚇や経済制裁などをそれに持ち込んでいないことも評価。一方中国は日本に対して、尖閣周辺海域への監視船の侵入による嫌がらせを行い、国民を煽って反日暴動を起こし、経済制裁を課している。そしてメディア共々、攻撃的、かつ侮蔑的な日本と日本人への中傷を繰り返していると主張。

    日本人にとってみれば、至極当然の主張だと思われる事柄だが、アメリカ人であるNewsham氏が的確にそれを指摘してくれていることに関しては、感謝の念を禁じ得ない。不思議なのは、何故、日本の大手メディアがきちんとこうした主張をしてくれないのか、ということだ。何も愛国的な報道をしろと言っているのではない。客観的な事実をそのまま伝えればいいだけの話なのだが。日本のメディアというのは、つくづく常人には理解できない連中である。

    以下、尖閣問題において米政府が取るべき対応と氏が主張することを要約する。


    アメリカは、自国にとっての二大貿易国である日本と中国の対立が過ぎ去っていてくれればいいと考えている。日中の対立は収まりつつあるようにも見えるが、アジアの危機へとエスカレートする可能性があるし、それはまさにアメリカの安全保障の危機である。

    アメリカは日中両国と良好な関係を保ちたいと考えているのだろうが、時には明確に一方を支持しなければならないこともある。国際関係における曖昧な態度は有効な場合もあるが、この問題はその範疇にはない。民主国家であり同盟国である日本を、明確に支持しなければならないし、その動きをアジア諸国はしっかり見ている。

    そして日本を支持するならば、曖昧な言葉を使ってはいけない。例えば、1990年、アメリカ大使はサダム・フセインと微妙なニュアンスの言葉を用いて会談を行った。それをフセインはクウェート侵攻へのお墨付きだと解釈したのだ。

    尖閣問題の解決には数十年、あるいはそれ以上かかるかもしれない。それでもアメリカは、たとえ経済的犠牲を払ってでも、辛抱強さと断固たる姿勢を示さなくてはならない。

    悪事を働いた者が利益を得れば、繰り返し悪事を働きさらに利益を得ようとする。尖閣問題で譲歩すれば、遠からず同じような問題がアジアで起こるだろう。



    全くの正論だと思うのだが、産業界からの圧力もあるので、残念ながらアメリカ政府は余程のことが起こらない限り、尖閣問題において日本支持を表明することはないだろう。

    それでも、アメリカの有力紙にこうした主張が掲載されることは、プロパガンダでは常に相手国に敗北している日本にとっては大いなる追い風だと言える。

    少し前に米国務省の元東アジア・太平洋局日本部長Kevin Maher氏がテレビ番組で、「様々な中国の船が尖閣諸島周辺に接近してきている現状を見ていると、中国が尖閣の実効支配を宣言するための準備である可能性がある」という主旨の発言をしていた。誰も日本人が駐留せず、何の設備も設置されていない状況を放置しているわけなので、このMaher氏の指摘も傾聴に値する。

    知日にして、かつアメリカのアジアでの利益を冷静に考えてくれるアメリカ人のみに頼っているばかりでは情けなさ過ぎる。これはNewsham氏も論じていることだが、当事国である日本が積極的な動きを見せなければ、決して状況は好転しない。好戦的になる必要は全くないが、日本の政治家も国民も、心から自国の利益を護る覚悟を持たなければ、いずれはアメリカからも相手にされなくなる。この点も、次期総選挙での大きな論点の一つであることは間違いない。

    P.S. Newsham氏は上述以外にも、日中関係において、極めて冷静な分析をしてくれているので是非紹介したいのだが、あまりの長文になってしまうので、ここで筆を収める。取りあえず、上記の原文を読んでみていただきたい。


    ↓ワンクリックでご声援いただければ幸いです。

    にほんブログ村 政治ブログ 国際政治・外交へ

    « 2012年10月 | トップページ | 2012年12月 »

    フォト

    アクセスカウンター

    2013年11月
              1 2
    3 4 5 6 7 8 9
    10 11 12 13 14 15 16
    17 18 19 20 21 22 23
    24 25 26 27 28 29 30
    無料ブログはココログ

    著作権

    • Copyright © 2012-2013 Mich Maruyama All Rights Reserved.